この1964年のアメリカ大統領選挙は、民主党のリンドン・ジョンソン大統領と彼のランニングメイトであるミネソタ州のヒューバート・ハンフリーが、共和党のバリー・ゴールドウォーター(アリゾナ州の上院議員)と対立した選挙です。ゴールドウォーターはランニングメイトにニューヨーク州出身の下院議員ウィリアム・E・ミラーを選びました。
背景
1963年、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺され、リンドン・ジョンソン(副大統領)が大統領に就任しました。ジョンソンはケネディ政権の政策を継続・発展させることを掲げ、特に公民権問題や貧困対策を重視しました。
候補者と政策
リンドン・ジョンソン(民主党)は、ケネディの政策と公民権推進を引き継ぎつつ、低所得層支援と教育・医療の充実を目指す「偉大な社会」(Great Society)構想を提案しました。具体的には、後に成立するメディケアやメディケイドなどの制度化、環境保護プログラム、教育援助や都市再生などが柱です。
バリー・ゴールドウォーター(共和党)は政府の縮小、連邦政府の権限制限、個人の自由と市場重視を主張しました。彼は公的プログラムの削減や軍事力強化を訴え、「自由の擁護における過激さは罪ではない("Extremism in the defense of liberty is no vice.")」といった強硬な表現でも知られます。選挙戦では、政府介入への反対や冷戦下での強硬姿勢が目立ちました。
主要なキャンペーン要素
- 公民権:1964年7月にジョンソンは公民権法(Civil Rights Act of 1964)に署名しました。ゴールドウォーターは法案に対して「合憲性の問題」を理由に反対し、その立場が南部の白人有権者の支持を一部引き付ける一方で、中西部や北部の穏健層の支持を失わせました。
- テレビ広告とイメージ戦略:ジョンソン陣営は恐怖喚起型のテレビ広告(有名な「デイジー」広告など)を用い、ゴールドウォーターが核戦争などのリスクを高めると強調しました。これによりゴールドウォーターの「過激派」イメージが広まりました。
- 保守運動の台頭:選挙期間中、俳優のロナルド・レーガンは、ゴールドウォーター支持を表明して有名な演説「A Time for Choosing(後に「タイム・フォー・チュージング」と日本語でも称される)」を行い、後の保守派運動とレーガンの政治的台頭のきっかけを作りました。
- 外交・安全保障:冷戦下の緊張や核抑止が争点の一つで、ゴールドウォーターの対ソ強硬姿勢が注目されました。一方でジョンソンは安定と経験を強調しました。なお、1964年8月のトンキン湾事件と議会のトンキン湾決議は、その後のベトナム戦争拡大につながっていきます。
選挙結果(概要)
選挙は1964年11月3日に行われ、結果はリンドン・ジョンソンの圧勝でした。ジョンソンは選挙人票で486票を獲得し、ゴールドウォーターは52票にとどまりました。得票率ではジョンソンが約61.1%、ゴールドウォーターが約38.5%と大差がつきました。
歴史的意義とその後の影響
この選挙は単なる一回の圧勝にとどまらず、アメリカ政治に長期的な影響を与えました。
- 公民権運動と政党再編の始まり:ジョンソンの公民権法支持とゴールドウォーターの反対姿勢は、白人南部の有権者が次第に共和党へ流れる転換の端緒となり、南部の政治地図の大きな変化を促しました(いわゆる南部の実体的再編)。
- 社会政策の拡充:ジョンソン政権下で「偉大な社会」に基づく社会保障や医療、貧困対策が進められ、メディケアやメディケイド、教育援助などが実現しました。これらはアメリカ国内の社会保障制度に長期的な影響を与えました。
- 保守運動の成長:ゴールドウォーターは選挙では敗れたものの、自由市場や小さな政府を重視する保守思想を強く示し、後のレーガン政権をはじめとする保守派の源流となりました。多くのリバタリアンや保守派政治家に影響を与えます(選挙中の言動や支持者層の形成が、その後の保守連合の基礎をつくった)。
- 外交と軍事政策への影響:トンキン湾事件以降、ベトナム戦争への関与が深まり、1960年代後半の国内政治・社会運動に大きな波紋を広げました。1964年の選挙で示された選民の支持が、初期の政策決定にも影響しました。
補足:重要な事実と年表的整理
- 選挙日:1964年11月3日
- 公民権法成立:1964年7月
- トンキン湾事件/トンキン湾決議:1964年8月(ベトナムへの関与が拡大)
- 選挙結果(選挙人票):ジョンソン486票、ゴールドウォーター52票
- 選挙結果(得票率):ジョンソン約61.1%、ゴールドウォーター約38.5%
1964年の選挙は、国内政策(社会保障・公民権)と外交政策(冷戦・ベトナム)という二つの軸でアメリカ政治が転換点を迎えた選挙でした。短期的にはジョンソンの圧勝で政策実行が加速し、長期的には南部の党勢移動や保守運動の台頭といった構造的変化を生み出しました。(詳細については、下記の「この選挙サイクルにおける歴史的出来事!」のセクションを参照してください。)

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