グロリア・マカパガル・アロヨ
副大統領(1998~2001年)、フィリピン大統領(2001~2010年)を務め、後に下院議員および下院議長となったフィリピンの経済学者・政治家。
マリア・グロリア・マカパガル・アロヨ(1947年4月5日生まれ)は、2001年から2010年までフィリピン大統領を務めたことで最もよく知られる、フィリピンの政治家・経済学者である。それ以前には、1998年から2001年まで副大統領を務めた。元大統領ディオスダド・マカパガルの娘であり、コラソン・アキノに次いでフィリピン大統領となった2人目の女性である。長年にわたる公職歴は、国家行政の指導的地位から、その後の立法府での議員活動に及ぶ。
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10 画像政治経歴と公職
アロヨは1990年代後半に国政に入り、2001年、前任者の失脚を受けて大統領に就任した。残りの任期を完了した後、自身の名で改めて大統領の全任期に選出された。マラカニアン宮殿を去った後も選挙政治に携わり、下院議員を複数期務めた。立法府での活動には下院議長としての期間も含まれ、2018年7月23日に同職へ選出され、翌年に退任した。主な公職の概要は以下の通りである。
- 副大統領:1998年~2001年(プロフィール)
- フィリピン大統領:2001年~2010年
- 下院議員:2010年以降の後年の任期(下院)
- 下院議長:2018年7月23日選出、2019年6月退任(下院指導部)
政策と優先課題
大統領としてアロヨは、経済運営、インフラ整備、投資誘致の取り組みを重視した。その政権は財政措置、官民連携、交通・エネルギー制度の近代化を目指す事業を推進した。支持者は、彼女の在任期にマクロ経済の安定と成長が見られたと評価する一方、批判者はその利益の分配に疑問を呈し、統治と透明性への懸念を提起した。
論争と法的問題
アロヨの大統領在任中およびその後には、複数の公的論争があった。2005年には盗聴された会話が流出し、大規模な抗議行動と弾劾を求める声を招いた。また、その政権は汚職、選挙操作、人権に関する訴えを受け、複数の調査や法的措置が続いた。裁判所で扱われた事案もあれば、その後も政治的に敏感な論点として残ったものもあった。
遺産と意義
グロリア・マカパガル・アロヨは、現代フィリピン政治における著名で、評価の分かれる人物である。政治的混乱の時期に副大統領から大統領へと上り詰めたこと、10年に及ぶ大統領職、そして立法府で継続した役割は、同国における政治家の持続的な影響力を示している。彼女は、ピープル・パワー後の統治、21世紀初頭のフィリピンにおける経済政策、行政権力と民主的制度の相互関係を研究する人々にとって、引き続き研究対象となっている。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com グロリア・マカパガル・アロヨ Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/119929
出典
- news.mb.com.ph : "Gloria joins ruling PDP Laban"
- news.bbc.co.uk : "Profile: Gloria Arroyo"
- rappler.com : "House approves resolution formalizing Arroyo speakership"