ベトナム戦争(ベトナム戦争)は、一般に米国の大規模な地上戦力投入が始まった1965年から1973年までを指して語られることが多いですが、広い意味では1955年から1975年まで続いた第二次インドシナ戦争(ベトナム紛争)に含まれます。この戦争は、共産主義政権を支持したベトナム民主共和国と、米国が支援したベトナム共和国との間で行われ、米国側にとってはベトナム政策の挫折として終息しました。

名誉勲章とは

名誉勲章アメリカ南北戦争中に創設された、アメリカ合衆国が軍人に授与する最高位の軍事勲章です。授与基準は極めて高く、敵に対する勇敢な行為や自己の安全を顧みず他者を救うなど、職務の範囲を超えた顕著な勇敢さを示した場合に検討されます。性質上、生存者に授与される例もありますが、多くは犠牲を払った後に授与されることが多く、事実上の追贈(死後授与)となることが多いです。

ベトナム戦争における受賞状況

ベトナム戦争においては、合計で248個の名誉勲章が授与され、そのうち156個が死後に授与されました。部隊別の内訳は次の通りです。

  • 陸軍:161個(最も多い)
  • 海兵隊:57個
  • 海軍:16個
  • 空軍:14個

授与の過程は厳格で、通常は上級指揮官の推薦、調査、検証を経て国防省や議会の承認、最終的に大統領による授与という手続きが行われます。

代表的な受章事例

  • ロジャー・ドンロン(Roger Donlon) — 戦闘地域で負傷した兵士の救助や応急手当を行い、敵との戦闘で部隊を率いた功績により名誉勲章を受章しました。ドンロンはベトナムで最初期に受章した人物の一人として知られます。
  • ミルトン・L・オリーブ三世(Milton L. Olive III) — 手榴弾の爆発を自身の体で受け止め、仲間を救うために自らを犠牲にした行為により、アフリカ系アメリカ人として初めて(ベトナム戦争における)名誉勲章を受章しました。
  • ライリー・L・ピッツ(Riley L. Pitts) — 敵の激しい銃砲火や手榴弾攻撃の中で指揮を取り、犠牲となりながらも部隊の撤退や任務完遂に尽力したことで受章しました。ピッツはアフリカ系アメリカ人としては初めての陸軍将校の受章者でもあります。
  • トーマス・ベネット(Thomas W. Bennett) — 良心的兵役拒否者としての信念に基づき衛生兵(医療担当)として従軍し、負傷者救護のために危険を冒して行動したことが評価され、名誉勲章を受章しました。
  • また、海兵隊に従軍していたヴィンセント・R・カポダンノを含む3人のチャプレンが勲章を受章し、カポダンノは前線で兵士たちを励まし、負傷者の救護や危険地域での献身的行動により特に知られており、親しまれて「グラント・パドレ」と呼ばれていました。

補足と意義

名誉勲章は受章者個人の勇気と犠牲を讃えると同時に、その行為が所属部隊や同胞に与えた影響、戦時下における人間の行動の尊さを示すものです。ベトナム戦争では多数の追贈が行われたことからも、激しい地上戦と高い犠牲が伴ったことが窺えます。また、受章者の中には人種や信条、役職がさまざまであり、多様な背景の者が「職務を超えた行動」により顕彰されている点も特徴です。