レイ・ミランド(ウェールズ出身の俳優・映画監督)
レイ・ミランド(1907年–1986年)はウェールズ生まれの俳優・映画監督。『失われた週末』でアカデミー主演男優賞を受賞し、サスペンスやノワールの名作で知られる。
レイ・ミランド(本名レジナルド・アルフレッド・ジョンソン、1907年1月3日 – 1986年3月10日)は、ウェールズ生まれの俳優・映画監督で、舞台、映画、テレビにわたる長いキャリアを持った。多彩な演技で広く知られ、ドラマ、コメディ、サスペンスの各分野を行き来しながら活躍し、『失われた週末』(1945年)ではアルコール依存症の作家を演じてアカデミー主演男優賞を受賞した。
画像ギャラリー
10 画像初期の経歴とハリウッドでの躍進
ミランドはイギリスで俳優活動を始めたのちアメリカ合衆国へ移り、スタジオ契約を結んで1930年代から1940年代にかけて主演俳優としての地位を築いた。洗練され都会的なスクリーン・イメージは、恋愛ものの主人公から、犯罪映画やメロドラマにおけるより複雑な人物まで幅広い役柄に適していた。ハリウッド時代には大物監督たちと仕事をし、商業的に成功した作品にも出演して国際的な知名度を高めた。
代表作と役柄
ミランドの代表作には、アカデミー賞を受賞した『失われた週末』のほか、アルフレッド・ヒッチコックのサスペンス映画『ダイヤルMを廻せ!』(1954年)がある。この作品では、思いがけない陰謀に巻き込まれる不運な夫を演じた。また、『ベー・ジェスト』(1939年)、『アルジェ』(1938年)、『ビッグ・クロック』(1948年)などの冒険映画やノワール作品にも出演し、英雄的な人物から道徳的に曖昧な人物まで演じ分ける力を示した。
演技スタイル、監督業、その後の活動
ミランドは、抑制の利いた自然な存在感と、軽いコメディから暗いドラマへと調子を切り替える能力で評価された。俳優業に加えて、第二次世界大戦後に変化した娯楽産業の中で監督も務め、テレビにも出演した。さらに後年には、自身の映画人生を振り返る回想録も出版している。その経歴は、スタジオ制の時代からテレビや独立系制作へと移るなかで、安定して仕事を続けるために求められた柔軟性を示している。
受賞、遺産、特徴的な評価
アカデミー主演男優賞の受賞は、ミランドを古典的ハリウッド史の中に確固たる位置づけへと押し上げた。しかし彼の遺産は、幅広いフィルモグラフィーと、サスペンスやノワール作品への数多くの出演にも支えられている。現代の観客は、魅力と底知れない不穏さを併せ持つ役柄で彼を記憶することが多く、映画史家も中世紀ハリウッドの主演男優を論じる際に彼の演技を挙げる。
- 生涯と経歴の概略については 人物紹介資料 を参照。
- より詳しいフィルモグラフィーと出演歴は 映画作品一覧 を参照。
- インタビュー、当時の宣伝資料、保存資料を探すなら 歴史資料館とインタビュー集 を試すとよい。
ミランドはその後も長く娯楽産業で活動を続け、1986年3月10日に死去した。彼の作品群は、映画を学ぶ人々の研究対象であり続けると同時に、古典的ハリウッド映画を発見する観客に楽しまれ続けている。
著者
AlegsaOnline.com レイ・ミランド(ウェールズ出身の俳優・映画監督) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/129320