シャロン・ストーン(Sharon Vonne Stone、1958年3月10日生まれ)は、アメリカの女優、映画プロデューサー。1995年の映画『カジノ』での演技によりゴールデン・グローブ賞(主演女優賞)を受賞し、同作でアカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされました。1992年の『ベーシック・インスティンクト』での挑発的な役柄も大きな注目を集め、国際的な知名度を確立しました。
出自とモデル時代
ペンシルベニア州ミードビル出身。若い頃に地元のページェントでミス・クロフォード郡のタイトルを獲得し、ミス・ペンシルバニアの候補にもなりました。審査員の一人から「学校を辞めてファッションモデルになるためにニューヨークへ行くべきだ」と助言されたことをきっかけに、1977年にミードヴィルを離れて叔母のいるニュージャージーへ移住。ニューヨーク到着後わずか数日でフォード・モデリング・エージェンシーと契約し、モデルとしてのキャリアをスタートさせました。
俳優への転向と初期の経歴
ヨーロッパでモデルとして活動するうちに演技への興味が強まり、女優に転向。ウディ・アレン監督の『スターダスト・メモリーズ』(1980年)で短い役を得たのを皮切りに、1980年代は端役や準主役で経験を積みました。1990年にはアーノルド・シュワルツェネッガー主演作『トータル・リコール』に出演し、キャリアの注目度が高まりました。プロモーションの一環としてこの時期にプレイボーイ誌でヌードを披露したことも話題になりました。
代表作と論争
シャロン・ストーンを国際的なスターに押し上げたのは1992年の『ベーシック・インスティンクト』です。彼女は連続殺人事件の容疑者と目される魅惑的な女性を演じ、なかでも警察の尋問シーンは強い論争と注目を集めました。映画公開後、ピープル誌の「世界で最も美しい50人」に選ばれるなど、スター性が確立されました。その後も『スリバー』や『ザ・スペシャリスト』などの主演作でアクション性やサスペンス性の高い役を演じ、1995年の『カジノ』ではロバート・デ・ニーロらと共演し高い評価を得ました。
受賞・評価
- 『カジノ』での演技によりゴールデン・グローブ賞を受賞(主演女優)。同作でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。
- テレビドラマ『ザ・プラクティス』(第8シーズンのゲスト出演)での演技が評価され、2003年にエミー賞(ドラマシリーズの優秀ゲスト女優賞)を受賞。
- ハリウッドでの功績により1995年11月、6925 Hollywood Blvd.にあるハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに星が授与された。
2000年代以降の活動と評価の浮き沈み
2000年代には映画とテレビの双方で活動を続け、『コールドクリークマナー』(2003年)や『キャットウーマン』(2004年)などに出演し、主流への復帰を図りましたが、興行的・批評的に期待ほどの成功を得られない作品もありました。それでも多様な役柄に挑戦し続けています。
私生活と健康
私生活では過去に数回結婚しており、1998年から2004年までは新聞編集者フィル・ブロンスタイン(Phil Bronstein)と結婚していました。2000年に息子を養子として迎えています。2001年には深刻な脳出血(広くは「脳卒中」と報じられた)を患い、一時は言語機能や記憶、身体機能に重大な障害が出ましたが、長いリハビリを経て劇的に回復しました。以降、健康問題と回復の体験は彼女の人生観や公の活動に大きな影響を与えています。
社会活動・著作
ストーンは芸能活動のかたわら慈善・社会活動にも関わり、健康問題や医療支援、HIV/AIDS関連の慈善活動などを支援してきました。晩年には自身の闘病と再生を綴った回顧録『The Beauty of Living Twice』(邦題等は出版状況により異なる)を発表し、自らの経験を通じてメディアや読者に強い印象を残しています。
主なフィルモグラフィー(抜粋)
- 『スターダスト・メモリーズ』(1980年) – 出演(短い役)
- 『トータル・リコール』(1990年)
- 『ベーシック・インスティンクト』(1992年)
- 『スリバー』(1993年)
- 『ザ・スペシャリスト』(1994年)
- 『カジノ』(1995年)
- 『コールドクリークマナー』(2003年)
- 『キャットウーマン』(2004年)
シャロン・ストーンは、その外見とスクリーン上の強い個性によって90年代に一躍トップスターとなり、演技力・カリスマ性・公私にわたる波乱を通じて現在も映画界で存在感を保っています。回復力や社会貢献の面でも注目される人物です。