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1190年代(1190年–1199年):政治、十字軍、文化変容

軍事遠征、王朝の交代、知的発展が進んだ1190年代。後期第三回十字軍、鎌倉幕府の成立、教皇の交代、ヨーロッパと地中海世界の大きな政治再編が起きた。

概要

1190年代は、ユーラシア大陸と地中海世界全体にわたって動揺の大きい10年だった。第三回十字軍の軍事的な勢いと、その後に残された外交的な余波が重なり、西ヨーロッパ、シチリア、日本では長く続く政治再編が進んだ。さらに、西ヨーロッパの大聖堂建設や大学的な学問生活、日本における中央集権的な武家支配など、宗教・経済・文化の流れが、後の盛期中世の展開を方向づけた。

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政治と戦争

この10年は、対立と王朝的野心が際立っていた。西ヨーロッパでは、諸君主が領土と影響力をめぐって争い、神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世はイタリアとシチリアへの権益を追求した。イングランド王リチャード1世は दशकの後半に捕囚から戻り、1199年に死去して弟ジョンが継いだ。軍事衝突はイベリア半島にも及び、キリスト教勢力とイスラム勢力が断続的に争った。

十字軍世界と地中海

第三回十字軍(1189年–1192年)の余波が、この10年の多くを規定した。十字軍国家は沿岸部で一定の獲得を固めた一方、サラディン率いるイスラム側はエルサレムそのものの支配を維持した。海上行動、包囲戦、そして交渉による休戦が、ヨーロッパ諸王、ビザンツ帝国、イスラム支配者の関係を形づくった。地中海はまた、帝国勢力が南イタリアとシチリアの事態に介入したことで、王朝交代の舞台ともなった。

アジアとその他の地域

東アジアでは、日本で鎌倉幕府が成立し、武家の支配が制度化されて新たな政治構造が生まれた。この体制は何世紀にもわたって続くことになる。中国では宋王朝が商業の成長と都市文化を引き続き支え、東南アジアや南アジアでは、長い伝統をもつ宗教的・建築的慣行を維持する有力な地域王国が活動していた。

文化・商業・制度

都市生活、大聖堂建設、学校や学者共同体の発展は、知的交流をいっそう活発にした。イベリア半島や南フランスでは、古典古代およびイスラム世界の著作のラテン語翻訳が広がり続け、スコラ学的学習を支えた。地中海とインド洋を越える交易は市場を結びつけ、物資・技術・思想の流通を促進した。

主な出来事(選定)

  • 1190年:リチャード1世の即位期前後にイングランドの一部で反ユダヤ暴力が起こり、ヨークのクリフォーズ・タワーでの虐殺も含まれた。
  • 1191年:レヴァントで十字軍の主要な作戦が進み、リチャード1世とサラディンに結びつけられることの多い遠征の中で、港の攻略や戦闘が行われた。
  • 1192年:聖地での大規模な戦闘が外交的な取り決めによって終息し、日本では源頼朝が将軍として認められ、鎌倉で武家政権が成立した。
  • 1193年:イスラム指導者サラディンが死去し、その領域は後継者へと受け継がれ、地域の勢力均衡が変化した。
  • 1194年:南イタリアとシチリアへの帝国介入が地域支配を変え、リチャード1世は捕囚から解放されて自国へ戻った。
  • 1195年:イベリア半島などでの戦闘は、半島におけるキリスト教勢力とイスラム勢力の競合が続いていたことを示した。
  • 1197年–1198年:皇帝ハインリヒ6世が死去し、1198年には教皇インノケンティウス3世が長く影響力の大きい教皇職を開始した。
  • 1199年:イングランド王リチャード1世が死去し、ジョン王の即位がイングランド王権の新たな段階を画した。

このように1190年代は、主要な十字軍遠征の終結、地域指導者の交代、そして13世紀の政治的・文化的パターンを予告する制度変化が重なった、終わりと始まりの10年だった。

著者

AlegsaOnline.com 1190年代(1190年–1199年):政治、十字軍、文化変容

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/133435

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