890年代(890年~899年)
890年代(890年~899年)の概要。欧州・アジアにおける政治的再編、ブリテン諸島でのヴァイキング活動、新たな地域勢力の台頭、アルフレッド大王などの著名な君主を扱う。
概要
890年代は、890年1月1日から899年12月31日までの10年間である。この時期は、大帝国の分裂に対応して複数の中世国家が体制を調整し、新たな人々がそれまで定住の進んでいなかった地域へ移動した過渡期であった。また、スカンディナヴィア系集団による略奪と定住は続き、西ヨーロッパの一部を再編していった。簡潔な位置づけについては、890年代を参照。
政治的展開
大陸ヨーロッパでは、従来の中央政権の権威が弱まる一方、地域の支配者たちが地方権力を固めた。ブリテン諸島では、この10年紀の終わりに重要な統治の時代が終わり、ノース人の侵入に対するアングロ・サクソン人の抵抗に影響を与える継承が始まった。東ヨーロッパでは、後世の新国家の出現を予告する移住と軍事的圧力がみられた。
ビザンツ世界とバルカン半島
ビザンツ帝国は、確立された指導体制のもとで回復を続け、辺境の防衛と外交を維持した。バルカン半島では、890年代初頭に有力なブルガリアの支配者が台頭し、周辺地域への影響力を主張し始めた。これによりブルガリアは、ビザンツ帝国との継続的な競争に入った。
ブリテン諸島とスカンディナヴィア
ヴァイキングの活動は引き続き時代を特徴づけた。略奪、越冬、段階的な定住は沿岸地帯や河川交通路に影響を及ぼした。イングランドでは、この10年紀のまさに終わりに、長期にわたり統治したウェセックス王が死去した。この王朝上の変化は、ノース人入植者に対抗するアングロ・サクソン勢力の統合に影響を及ぼすこととなった。
イスラーム世界と中央ヨーロッパ
アッバース朝カリフ制では、数十年にわたる地方分権化の後、中央統制を回復しようとする取り組みが行われた。一方、世紀末には新興のステップ地帯の集団がカルパチア盆地へ向けて西進した。こうした動きは新たな政治体の形成を準備し、戦争と定住の様式を変化させた。
文化・経済・遺産
修道院における学問、典礼改革、地域に根差した芸術伝統は発展を続けた。略奪があっても交易網は維持され、北海の港湾、地中海、東ヨーロッパへ通じる河川交通路を結び付けた。890年代の政治的・人口学的変化は、10世紀に定着していく中世ヨーロッパの地図を形づくる一因となった。
主な人物と出来事
- アルフレッド大王:著名なウェセックスの支配者。899年の死去により息子が継承し、ノース人勢力への抵抗は継続された。
- ブルガリアのシメオン1世:890年代初頭に有力な地位を得て、この地域におけるブルガリアの影響力を拡大した。
- アッバース朝の再興:9世紀後半、カリフの指導部は権威の再確立に努めた。
著者
AlegsaOnline.com 890年代(890年~899年) Leandro Alegsa
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