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フランス王太子ルイ・フェルディナン(1729–1765)

ルイ・フェルディナン(1729–1765)は、ルイ15世とマリー・レクザンスカの長男で、フランス王太子。後のルイ16世、ルイ18世、シャルル10世という3人のフランス王の父である。

フランスのルイ・フェルディナン(1729年9月4日~1765年12月20日)は、フランス王ルイ15世と王妃マリー・レクザンスカの成人まで生きた最年長の息子である。王位推定相続人として、生誕から死去まで伝統的な称号であるフランス王太子を帯びた。父より9年早く死去したため統治者となることはなかったが、その歴史的重要性は主として、アンシャン・レジーム末期のフランスを形作った後の君主たちの父であった点にある。

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生涯と家族

ルイは1747年にザクセンのマリア・ヨーゼファと結婚した。この結婚から数人の子が生まれ、そのうち何人かは成人に達し、18世紀後半から19世紀初頭のフランスで重要な役割を担った。とりわけ著名なのは、後にルイ16世となるルイ=オーギュスト(1754年生)、後のルイ18世であるルイ=スタニスラス(1755年生)、後のシャルル10世であるシャルル=フィリップ(1757年生)である。夫妻には、マリー・クロティルドやエリザベートを含む、成人した娘たちもいた。

立場と人物像

王太子として王位継承者という正式な地位にあったが、主権的な権力を行使することはなかった。18世紀半ばのフランスの政治は依然として国王とその大臣たちが主導しており、同時代の記録は、王太子の生活が主に家族上の義務、宮廷儀礼、伝統的な王朝上の責務に向けられていたことを強調する。当時の叙述では、彼は強力な政治的行為者というよりも、敬虔で家庭志向の人物としてしばしば描かれている。

背景と歴史的意義

ルイの生涯は、大臣の影響力が移り変わり、国際的な対立関係も変化したルイ15世治世の中期にあたる。1765年の早すぎる死は、王朝にとって重要な帰結をもたらした。彼が即位しなかったため、1774年にルイ15世が死去すると、ブルボン家の継承はルイの長男へ移った。この継承により、ルイの家系はフランス革命、さらにブルボン家の復古へと至る政治的・社会的な激動と直接結び付けられた。

主な事実

  • 正式名はルイ・フェルディナンとされることが多く、生涯を通じて王太子であった。
  • 1747年にザクセンのマリア・ヨーゼファと結婚し、後にフランス王として統治した3人を含む複数の子をもうけた。
  • 父に先立って死去したため国王にはならず、その遺産は行政や立法よりも主として王朝上のものである。

後に続く治世や危機の陰に隠れがちではあるが、ルイ15世と革命的変化に直面した世代とをつなぐ存在であったことから、後期ブルボン王政を研究するうえで注目すべき人物である。

著者

AlegsaOnline.com フランス王太子ルイ・フェルディナン(1729–1765)

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/141828

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