ヨランダ・サルディバル(Yolanda Saldívar、1960年9月19日生まれ)は、メキシコ系アメリカ人の有名歌手セレナ・キンタニージャ=ペレス(通称セレナ)の殺害で知られる人物で、1995年に発生した事件に関して有罪判決を受けた。サルディバルは現在、テキサス州の刑務所で終身刑に服しており、仮釈放資格は2025年に到来する見込みである。
経歴とセレナとの関係
サルディバルは元・正看護師で、1991年のコンサート後にセレナと出会った。二人は親しくなり、サルディバルはセレナの公式ファンクラブ会長に抜擢され、さらにセレナが経営するブティックにも関わるようになった(Selena Etc.)。その後、ファンクラブとブティックの会計を巡って不審な出納が指摘され、サルディバルは資金の横領や記録の隠蔽を疑われるようになった。セレナ一家は書類や金銭の回収を試み、両者の関係は悪化していった。
事件の経緯
1995年3月31日、セレナは書類を取り戻すためにテキサス州コーパスクリスティのホテルの一室でサルディバルと会った。報道によれば、サルディバルは何らかの被害を受けたと主張し、セレナは彼女を病院に連れて行き診察を受けさせたという(サルディバルは自分がレイプされたと主張したとする記述もある)。医師は重大な外傷を示す所見を確認せず、二人はホテルへ戻った。
その後、セレナが書類の返却を要求すると、サルディバルは財布から拳銃を取り出してセレナに向けたとされる。ドアを閉めようとしたセレナを阻止するために引き金が引かれ、セレナは背中を撃たれてホテルのロビーへと逃げ込んだ。現場で9-1-1が呼ばれ、救急搬送されたが、セレナは搬送先の病院で死亡が確認された。事件後、サルディバルは自らのピックアップトラックで自殺をほのめかし、約9時間にわたる立てこもりの後に降伏した。
裁判と刑罰
この事件とその裁判はアメリカ、特にヒスパニック系コミュニティの間で大きな関心を呼んだ。1995年の裁判でサルディバルは有罪判決を受け、すぐに終身刑を言い渡された。判決は生涯刑だが、法律上の規定により一定年数経過後に仮釈放の申請が認められるため、サルディバルは2025年に仮釈放の資格を得る予定である。
影響と現在の状況
セレナの死は音楽界、特にテハノ(テキサノ)音楽界やラテン系コミュニティに深い衝撃を与え、彼女の音楽と遺産は今も広く記憶され続けている。一方でサルディバルに対しては事件後も強い非難と多数の脅迫が寄せられており、仮釈放の可能性を巡っても論争が続いている。
サルディバルは刑務所で服役中であり、仮釈放の申請や法的手続き、メディアや公共の反応などに関しては今後も注目が集まるとみられている。

