マクミラン選挙区は、ビクトリア州に存在したオーストラリア選挙区(連邦選挙区)で、1949年に設置され2019年の連邦選挙で廃止・改称されるまで存続しました。ギップスランド地域の西部を管轄し、ドロイン、エリカ、フォスター、インバーロック、コランブラ、レオンガサ、ミルブー・ノース、モー、ニーリム・サウス、ニューボロ、ニョーラ、パケンハム、トラファルガー、ウォルハラ、ウォンサギ、ヤルーン北、ヤラゴンなどの町村を含んでいました。オーストラリア大陸(本土)における最南端の選挙区の一つでもありました。
歴史と名称
この選挙区は1949年の連邦選挙で新設され、名前はギプスランド地域を最初に探検したヨーロッパ人の一人であるアンガス・マクミランに因んで名付けられました。アンガス・マクミラン(Angus McMillan)は19世紀の探検家として知られますが、先住民に対する暴力行為への関与が指摘されており、その評価は歴史的に論争の的となっています。
政治的特徴
マクミラン選挙区は長年にわたり保守系政党(自由党・国民党連合や国民党)の支持基盤が強い「安全選挙区」として知られてきました。農業、乳業、林業、観光などが地域経済の主要産業であり、人口は比較的地方色の強い小規模な町が中心でした。
1972年の特異な選挙結果
1972年の連邦選挙では、国の党の候補者アーサー・ヒューソンが一次得票率わずか16.6%で当選しました。この16.6%は、連邦選挙における当選候補者の中で記録的に低い一次投票率とされています。オーストラリアの優先投票制度(選好投票)では、複数候補の間で有権者の選好が配分されるため、一次票が低くても他候補からの選好の流入によって当選することが可能です。ヒューソンの当選はまさにその典型例で、選好の流れが決定打となりました。
廃止と後継
度重なる人口移動と選挙区の再配分により、マクミランは2018年の再配分(redistribution)を経て2019年の選挙から名称・境界が変更され、主に新しいモナシュ選挙区(Division of Monash)に置き換えられました。モナシュは戦間期の軍人・技術者であるサー・ジョン・モナシュに因む名称です。マクミランの廃止は、境界変更だけでなく、選挙区名の歴史的評価を巡る議論とも関連して注目されました。
地域の歴史、経済、政治的傾向を理解する上で、マクミラン選挙区は20世紀後半から21世紀初頭にかけての地方選挙区の典型例を示しています。廃止後も、その地域を巡る政治的・歴史的議論は続いています。