ノーザンテリトリーのディビジョンは、1922年から2001年まで、オーストラリアのノーザンテリトリーにあった選挙区でした。この期間中、ノーザン・テリトリーで唯一のディビジョンとして、連邦下院に1名の議員を送り出していました。
設立と法的根拠
この選挙区は、1922年に北部準州代表法(Northern Territory Representation Act 1922)の一部として設立されました。設立の背景には、広大なノーザンテリトリーの住民にも連邦議会への代表権を与える必要があるという当時の政治的要請がありました。当初は議員が連邦下院に出席することは認められたものの、その権限には制限がありました。
投票権の変遷
議会での権限は段階的に拡大しました。設立当初(1922年〜1936年)は、議員は下院で発言することや委員会活動に参加することはできたものの、採決での投票権は与えられていませんでした。1936年以降には発言権などの活動範囲が維持されつつも、投票については制限が続きました。具体的には、1936年から1959年の期間には領土に直接かかわる問題に関して限定的な投票が認められるようになり、さらに1959年から1968年の間は、準州に影響を与える法律に限って投票できるという扱いになりました。
最終的に1968年、ノーザンテリトリー選出議員は連邦下院での完全な投票権を獲得しました。これにより、他州選出の議員と同等の権限を持って立法過程に参加できるようになり、連邦議会における準州の代表性が強化されました。
準州政府と代表の変化
ノーザンテリトリーは1978年に部分的な自治(セルフガバメント)を獲得し、これに伴い地域内の政治機構も発展しました。一方で、連邦下院における選挙区のあり方は人口動態の変化に応じて見直されることになり、特に都市部であるダーウィン周辺の人口増加が連邦議席配分に影響を与えました。
再編:分割と以後の状況
2000年末から2001年にかけての見直しにより、長年にわたりノーザンテリトリー全域をカバーしてきた単一のディビジョンは再編されました。2000年12月には、ダーウィン周辺を担当するソロモン師団と、それ以外の地域を担当するリンギアリ師団の2つの新しい師団に分割されました。これにより、都市部(ダーウィンおよび周辺)の利益と、広大な遠隔地域の利益がそれぞれ別個に代表される形になりました。
以後、ノーザンテリトリーは連邦選挙区としては基本的に2つのディビジョン体制(都市部を代表するソロモンと、広域・遠隔地を代表するリンギアリ)になっています。この再編は、地域ごとの人口差や地理的条件、住民の利害をより適切に議会に反映させることを目的としたものです。
遺産と意義
1922年から2001年まで存在した単一の「ノーザンテリトリー」ディビジョンは、準州としての歴史的経過と連邦議会における代表権拡大の象徴です。議員の投票権が段階的に拡大していった経緯は、地方代表の権限がどのように確立されていったかを示す重要な事例であり、現行の2区体制はその延長線上にあります。