ディセンバー・トゥ・ディスメンバー(プロレス興行)
1995年に独立団体ECWが開催し、2006年にWWEのECWブランドで一度復活したプロレス興行。過激なスタイルと賛否の分かれた評価で知られる。
ディセンバー・トゥ・ディスメンバーは、オリジナルのエクストリーム・チャンピオンシップ・レスリング(ECW)が1995年に開催した、テレビ放送されないスーパーカードとして始まった。この名称は、ハードコアで衝撃度の高い試合を重視するECWの姿勢を想起させるものであり、通常のテレビ番組とは別の場における団体のアイデンティティーの一部となった。数年後、ワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)が2006年にECWを再始動させた際、この名称はブランド付きペイ・パー・ビューとして復活した。
起源と形式
1995年のオリジナル大会は、全国放送のイベントではなく特別興行として行われた。これは、1990年代半ばにECWが米国プロレスの主流に対する影響力ある代替的存在として成長していたことを反映している。試合では一般に、より激しいリング上の攻防、凶器の使用、そして大手団体とは一線を画すリアリズムと激しさへの重視という、同団体を象徴する要素が打ち出された。
WWEによる復活(2006年)
WWEはオリジナル団体の主要資産を取得した後、2006年にECWを第3ブランドとして再始動し、新ECWの旗印の下でディセンバー・トゥ・ディスメンバーを公式ペイ・パー・ビューとして復活させた。WWE制作版はブランド限定イベントとして宣伝され、1990年代の団体が持っていた過激な雰囲気を再現する意図の、特別ルール形式の対戦が中心となった。興行にはECW世界王座を懸けた注目度の高い複数選手参加のチェンバー形式の試合のほか、凶器使用やハードコアの特別ルールを強調する試合が組まれた。
評価と批判
2006年の復活大会は、幅広い視聴者や批評家から賛否両論、または否定的な反応を受けた。よく見られた批判は、ブッキングの判断、試合展開のテンポ、そして多くの人がオリジナルECWの精神を捉えていないと感じた全体的な演出に向けられた。興行面での成績とファンの反応は、当時のWWEにとってブランド限定という構想が有効だったのかという議論につながった。
その後と遺産
翌年に続編大会を開催する計画は、WWEがブランド限定ペイ・パー・ビューから離れたため取りやめとなった。2007年版は予定されていたが、同社がペイ・パー・ビューの構成を再編した際に中止された。ディセンバー・トゥ・ディスメンバーは、WWEが制作した数少ないECWブランドのPPVの一つとして、また、明確な地域団体をはるかに大きな企業的枠組みの中で復活させる難しさを示す事例として注目され続けている。
- 主な特徴:ECWのハードコア・スタイルとの結び付き、WWEブランドによる復活、チェンバー形式のメインイベント。
- 遺産:ECWの名称との関連性、ならびにプロレスにおける真正性とブランド運営をめぐる議論を呼んだことで、ファンに記憶されている。
オリジナル団体と後のWWEブランドについての歴史的背景は、プロレスの歴史、ECWブランドの変遷、ならびに2000年代のペイ・パー・ビューの慣行に関する資料を参照。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ディセンバー・トゥ・ディスメンバー(プロレス興行) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/30004