ファニー・エルスラー(1810年6月23日、ウィーン生まれ;1884年11月27日没)は、ロマン派時代を代表する最も名高い踊り手の一人となったオーストリアのバレリーナである。彼女はウィーンで訓練を受け、ヨーロッパの主要都市での公演や海外巡業を通じて国際的な名声を得た。彼女の活動は、活気に満ちた民族舞踊やキャラクターダンスをバレエ舞台で広めるのに役立った。

幼少期と修業

エルスラーはウィーンの演劇一家に生まれ、帝国劇場付属の宮廷バレエ学校で正式な指導を受けた。姉のテレーゼ・エルスラーも職業舞踊家であった。ファニーの初期の基礎は、古典技法と舞台での存在感を兼ね備えており、物語性のあるバレエにも短いディヴェルティスマンにもよく適していた。

芸術的様式とレパートリー

マリー・タリオーニに結び付けられる、軽やかで幽玄な技巧とは異なり、エルスラーは表現力豊かで、地に足のついた、リズムの精確な踊りで知られた。彼女はキャラクターダンスや民族舞踊、とりわけスペイン風や民俗色の強い踊りに優れ、カチューチャの演技は広く称賛された。批評家と観客は、彼女の音楽性、足さばき、劇的な個性を高く評価した。

キャリアの頂点と巡演

エルスラーはウィーンとパリで名声を確立し、ロンドンでも成功したシーズンを送った。1840年代初めにはアメリカ合衆国を巡演し、その公演は大きな注目を集め、バレエ作品の国際的な交流にも寄与した。彼女の名は、独奏および合奏の踊りにおける、活気と官能性を帯びたアプローチの代名詞となった。

遺産と評価

ファニー・エルスラーは、キャラクターダンスを前面に押し出すことで、また当時の主流であった繊細な美学とは異なる演劇的様式を示すことで、バレエのレパートリーを広げた。彼女はしばしばマリー・タリオーニと並べて語られ、ロマン派バレエにおける二つの補完的な芸術理想を体現する存在とみなされる。彼女の生涯とイメージは版画や回想録で広く再現され、19世紀舞踊史を学ぶ者にとって今も研究対象である。