「ファンタスティック」は、アメリカのダイジェスト判ファンタジー/SF雑誌で、1952年に創刊され1980年まで断続的に刊行されました。創刊当初は Ziff‑Davis 社が「Amazing Stories」に続く幻想系定期刊行物として立ち上げたもので、短編フィクションを中心に独自の路線を模索しました。刊行の歴史は編集方針や経営の変転が激しく、雑誌の内容や評価も時期によって大きく変化しています。
歴史の概略
創刊期の編集長は Howard Browne らで、当初はファンタジー志向の号も作られていましたが、売り上げの伸び悩みや市場動向によりSF寄りにシフトする時期がありました。1950年代中盤以降は編集体制が何度か入れ替わり、Paul W. Fairman らが編集を務めた時期もあります。
1958年ごろからは Cele Goldsmith(のちに Cele Goldsmith Lalli)が編集長として手腕を発揮し、ロジャー・ゼラズニーやアーシュラ・K・ル=グウィンといった作家の初期作品や若手の発表の場を提供して雑誌の評価を高めました。ゴールドスミスの在任は雑誌に新しい活力をもたらし、多様な作家・作風を掲載したことで知られます。
1965年、Ziff‑Davis は雑誌をソル・コーエンに売却しました。コーエンの経営下では経費削減を主目的に既刊作品の復刻中心へと方針が転換され、独自の新作発掘よりも再録(リプリント)による刊行が目立つようになりました。この方針は経済的にはある程度の成功をもたらしましたが、著者への報酬や権利処理をめぐってアメリカSF作家協会(SFWA)と摩擦を生み、業界内での論争を招きました。
1968年ごろ、テッド・ホワイトが編集長に就任すると、復刻一辺倒だった方針は見直され、新作の掲載が再開されます。ホワイトは雑誌の質向上に努め、アート面やコラム、コミック的要素の導入など編集面での刷新を試みました。しかしながら、1978年にコーエンが出版社の持ち分の一部をアーサー・バーンハードに売却したことを契機にホワイトは辞任します。
その後の編集長としてエリノア・マバー(Elinor Mavor)が編集を引き継ぎましたが、経営側の方針転換により雑誌は長くは存続できず、最終的には「Amazing Stories」との統合という形で刊行停止になりました(1980年頃)。
編集方針と問題点
- 創刊期〜1950年代:ファンタジー寄りの企画とSF作品の混在。編集者の交代により雑誌の性格が変化。
- ゴールドスミス期:若手作家の登竜門としての役割を果たし、雑誌の文学的評価が向上。
- コーエン期:コスト抑制のため復刻中心に転換。著者への支払いや権利管理をめぐるSFWAとの確執が話題に。
- テッド・ホワイト期:新作復活と誌面の刷新を図るが、経営者の方針変更で編集長は退任。
主な貢献と遺産
「ファンタスティック」は、発表の場として多くの若手作家にとって重要なステップとなり、後に著名作家となる人物の初期短編を掲載した点で評価されます。また、編集方針や復刻中心の経営判断が引き起こした著作権・報酬を巡る論争は、雑誌出版と作家の関係性に関する業界ルールや慣行を見直すきっかけにもなりました。デザインやイラストレーション面でも時代を反映する試みが続けられ、当時の読者文化を知る重要な資料となっています。
総じて、「ファンタスティック」は1950〜70年代の英米SF/ファンタジー界における重要な一出版社の実験場であり、その栄枯盛衰は雑誌刊行の経営・編集上の課題を如実に表したものと言えます。現在ではアーカイブや復刻、研究書を通じて当時の掲載作品や編集方針が振り返られ、ジャンル史を考える上で欠かせない存在となっています。