フスタート(アル=フスタート)は、エジプトで最初のアラブ人の首都として西暦641年に建設された。アラブ軍の指揮官、アムル・イブン・アル=アース(Amr ibn al‑As)が、アレクサンドリアを攻略した後にナイル川東岸の地点に野営を置いたことが始まりで、都市名の「フスタート(al‑Fustat)」は元来「天幕(テント)」を意味する。アレクサンドリアほど遠隔な場所を避け、よりナイル川に近い位置に自分たちの拠点を置こうとしたのが設立の理由である。

フスタートは次第に軍事拠点から行政・商業の中心へと変わり、イスラーム後期の数世紀にわたってエジプトの重要な都市となった。都市はナイルの水路を活用した交易、織物や皮革などの工業、穀物や輸入品の流通で栄え、イラクやシリア、地中海諸都市との結びつきも強かった。時代ごとにガリフや君主の都心が移ったが、フスタートは多くの政権期において経済的・人口的に重要な役割を果たし続けた。

しかし12世紀、ファーティマ朝末期の内乱と外敵の侵攻が重なった中で、宰相シャワール(シャワール)の判断により都市は焼かれた。シャワールはクルセイダ(十字軍)やエルサレム王国の侵攻を前に、敵に都市が利用されることを避けるために、1168年にフスタートの主要部を焼き払うよう命じたと伝えられる。この焼却は都市の建造物や記録の多くを失わせ、フスタートの没落を早めた。

今日ではフスタートの遺構は大部分が失われているが、オールドカイロに残る史跡の中にその面影を見ることができる。特にフスタート創建期にさかのぼるものとして注目されるのが、エジプト最初のモスクとされるアムル・イブン・アル=アースのモスク(グレート・モスク・オブ・アムル)である(現在の建物は幾度かの改修・再建を経ている)。また、旧バビロン要塞(Babylon Fortress)周辺やカイロの古代居住域では考古学調査により道や住居、工房の遺構、出土品が確認されている。

主な見どころ・関連遺跡(オールドカイロ周辺):

  • アムル・モスク:フスタート成立直後に建てられた最古級のモスク。改修を経ているが場所は当時の中心地にあたる。
  • バビロン要塞の遺構:ローマ〜ビザンティン期から続く要塞の一部と、フスタート期の痕跡が混在する。
  • コプト教会群(ハンギング・チャーチ、セント・サルギウス教会など)やベン・エズラ・シナゴーグ:オールドカイロの歴史的教会・シナゴーグ群は、フスタート周辺の宗教・社会の変遷を示す。

考古学と歴史研究は、フスタートがかつてどのような都市景観を持ち、エジプトと地中海世界の交易・文化交流にどれほど寄与したかを明らかにしつつある。現地を訪れる際は、オールドカイロの博物館やモスクの展示、発掘現場の説明板を参照すると、フスタートの歴史をより具体的に理解できるだろう。