概要
ジェームズ・ロナルド・マクダニエルズ(1948年4月2日 - 2017年9月6日)は、体格と得点力で知られたアメリカのバスケットボール選手である。スコッツビル(ケンタッキー州)に生まれ、のちに大学バスケットボールで存在感を示してから、1970年代初頭にプロへ転向した。身長は約6フィート11インチで、主にフロントコートの選手としてプレーし、NBAとABAの両方のスカウトから注目を集めた。
大学時代
マクダニエルズはウェスタンケンタッキー大学で際立った選手となり、ゴール下で確実に得点できることと、リバウンドに強いことから高い評価を受けた。在学中の活躍によって同大学の注目度は上がり、ドラフト候補の中でも有力な存在として見なされるようになった。大学での実績は、ABAとNBAが有力選手の獲得を競っていた時代に始まるプロキャリアの土台となった。
プロキャリア
1971年のドラフトで、マクダニエルズはNBAのシアトル・スーパーソニックスから2巡目で指名され、同時にABAのユタ・スターズからも指名された。だが、すぐにNBAへ移るのではなく、ABAのカロライナ・クーガーズでプロ生活を始めた。当時の多くの選手と同じく、彼のプロとしての道は2つのリーグをまたぐものとなり、ABAとNBAが統合される前に選手たちに残されていた選択肢を反映していた。
プレースタイルと影響
マクダニエルズは、高さと得点感覚を兼ね備えていたことで知られる。リング近くで得点でき、リバウンドを確保し、その体格でペイントエリアの試合展開に影響を与えることができた。プロとしてのキャリアは全国的な長期スターにはならなかったが、大学とプロの両方のコートで果たした役割により、ファンやチームメートの記憶に残っている。
晩年と遺産
現役引退後もマクダニエルズは地元とのつながりを保ち、ケンタッキーのバスケットボール समुदायの一員であり続けた。長い闘病ののち、2017年9月6日にケンタッキー州ボウリング・グリーンで死去した。彼の経歴は、大学で成功しつつABAとNBAの競争環境をまたいだ世代の選手を語る際に、しばしば取り上げられる。
主な事実
- 生年月日:1948年4月2日、スコッツビル(ケンタッキー州)
- 1971年にNBA(シアトル・スーパーソニックス、2巡目)とABA(ユタ・スターズ)からドラフト指名を受けた。
- ABAのカロライナ・クーガーズでプロキャリアを開始した。
- 2017年9月6日、ケンタッキー州ボウリング・グリーンで死去。