Vice-Admiral The Hon. John Byron(1723年11月8日~1786年4月10日)は、イギリス王立海軍の士官で、探検航海者および政治家としても知られる人物です。航海中に悪天候に遭うことが多かったため「Foul-weather Jack(フォールウェザー・ジャック)」という渾名で呼ばれました。若年期にはジョージ・アンソンの世界一周遠征(1740年代)に中尉として参加し、同遠征で配属されていたHMS ウェイガー(Wager)の難破・遭難事件を経験しています。バイロン自身はチリ南部の難局を生き延び、艦長とともにイギリスへ帰還しました。
艦隊指揮と世界一周(1764–1766)
1764年から1766年にかけては、バイロンは自らの艦隊の提督(コモドア)として再び世界を一周しました。この航海では大西洋・南米沿岸・太平洋を巡り、現地の地理や風土の観察を行うなど、当時の英国海軍の遠洋探検に寄与しました。航海中の天候不順や航海術の厳しさから、彼の異名はさらに浸透しました。
行政職と軍歴
1760年代以降、バイロンは海軍指揮官としてだけでなく行政官としても任務を果たし、ニューファンドランドの総督を務めた時期もあります(ヒュー・パリサーに続いて就任)。七年戦争(1756–1763)やアメリカ独立戦争(1775–1783)にも従軍しており、海上戦闘や護送任務など多岐にわたる作戦に参加しました。晩年には海軍階級で副提督(Vice-Admiral)にまで昇進しています。
家族と系譜
バイロンは、第4代バロン・バイロン男爵ウィリアム・バイロンとフランシス・バークレーの息子として生まれました。彼の子息にあたるのがキャプテン・ジョン・バイロン(しばしば「マッド・ジャック」と呼ばれることもある人物)で、さらにその孫にあたるのが詩人のジョージ・ゴードン・バイロン(第6代バロン・バイロン)です。また、提督であり探検家でもあったジョージ・アンソン・バイロンは第7代バロン・バイロンとして家系を継承しました。
評価と遺産
ジョン・バイロンは、艦長・提督としての実務経験と遠洋航海の知見を通じて18世紀の英国海軍活動に貢献しました。過酷な航海経験や難破生還の逸話、そして海軍での昇進は、海事史や探検史の一章を形成しています。また、その子孫が文化・軍事の分野で著名な人物を輩出したことから、家系全体としての歴史的意義も大きい人物です。

