アガシ湖とは?北米を覆った巨大氷河湖の成因・消滅とその影響
氷河期に北米を覆った巨大氷河湖「アガシ湖」の成因、消滅過程と地形・気候への影響を図解で詳解。知られざる古代の大水害と現代への痕跡を探る。
アガシ湖は、北アメリカ大陸中央部にある非常に大きな氷河湖である。氷河期の終わりに氷河の雪解け水で満たされたその面積は、現代の五大湖をすべて合わせたよりも広かったのです。
アガシ湖が覆っていた地域は、北米の地理的な中心地であった。その範囲は、北緯45度30分から55度まで、国際境界線上の92度30分からサスカチュワン川上の106度までであった。
1823年にその存在が提唱され、1879年にルイ・アガシにちなんで命名された。
成因(どのようにできたか)
アガシ湖は、最後の氷期(ウィスコンシン氷床を含む大規模なラウレンタイド氷床)の後退に伴い形成された典型的な氷堤湖(プログレイシャル湖)です。氷床が後退する際、氷が作る障壁(氷堤)や低地の地形により雪解け水が行き場を失い、広い盆地に水がたまりました。底には氷河が運んだ細かい堆積物(粘土やシルト)が厚く堆積しており、今日の肥沃な平野の基盤になっています。
いつ存在したか
アガシ湖は氷期終息期の約1万3千年前からおよそ8千年前ごろまで、いくつかの段階を経て存在しました。期間中、氷床の後退や堰き止めの破壊により水位が大きく変動し、複数回にわたって排水や再充填を繰り返しました。
排水経路と代表的な出来事
- 南への流出:大規模な放水は南方へ流れ出し、グレートプレーンズの南部を通って現在のミネソタ川流域からミシシッピ川へと排水する経路(古河川「グレーシャル・リバー・ワレン」など)を作りました。この強力な流水は深い谷や滝、堆積地形を刻み、現在のミネソタ川谷やレッドリバー低地の地形形成に寄与しました。
- 東〜北への経路:別の時期には、湖水は北や東の低地を経てハドソン湾や北大西洋へ流れ込んだと考えられています。特に後期の大規模放出は北大西洋への淡水供給を意味し、海洋循環や気候に影響を与えた可能性があります。
- 段階的な排水と突発的な洪水:アガシ湖は徐々に水位が下がることもあれば、氷堤の決壊などで短時間に大量の水が放出される突発的洪水(アウトバーストフラッド)も経験しました。これらの洪水は広域的な土砂移動や河道の形成を引き起こしました。
気候への影響(議論と証拠)
アガシ湖の大規模な放水は、海洋表層の塩分濃度を一時的に低下させ、海洋大循環(北大西洋循環)に影響を与えた可能性があります。以下のような関連が指摘されていますが、詳細は現在も研究が続いています。
- 一部の研究では、アガシ湖からの大量の淡水供給が若干冷却をもたらした「ヤンガー・ドライアス」や「8.2 kyr(8200年前)イベント」などの急激な気候変動と関連する可能性が示唆されています。
- ただし、因果関係や放水の経路・時期については研究者の間で意見が分かれており、一つの単純な説明で全てを説明することは難しいとされています。
現代に残る痕跡(地形・土壌・生態)
- アガシ湖底には厚い堆積物が残り、特にレッドリバー谷などでは非常に肥沃な土壌が形成され、農業地帯として重要です。
- 古い湖岸線は段丘や小規模な砂丘・石浜(strandlines)として残り、地形学的な手がかりになっています。これらの痕跡は地殻の地球圧力回復(残留隆起)=箔反発(地盤沈下・隆起)の研究にも用いられます。
- 現在のLake WinnipegやLake of the Woodsなどの一部湖沼は、アガシ湖が分解・縮小した後に残された水域の一部と考えられています。
人類史への影響
氷床の後退とともに広がった平坦で肥沃な盆地は、後の先住民の移住・定住や資源利用の場となりました。また、湖の排水や河道の形成は移動経路や狩猟漁労圏にも影響を与えたと考えられています。さらに、今日の交通網や土地利用(農業地帯)は氷期後の地形に強く依存しています。
まとめ
アガシ湖は、最後の氷期の終わりに形成された巨大な氷河湖で、その面積は現代の五大湖を上回るほど広大でした。氷床の動きと排水の変化により何度も水位や形態を変え、河川地形や土壌、気候変動にまで影響を及ぼしたと考えられています。現在も湖岸線や堆積物、地形の痕跡が残り、地史・気候変動の研究にとって重要な対象です。

19世紀の地質学者ウォーレン・ユーファムによる、北米中央部のアガシ湖の範囲を示す初期の地図。湖に覆われた地域は、この地図よりかなり広かった。
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