マケドニアのファランクスは、紀元前4世紀にフィリップ2世が軍制改革の一環として完成させた歩兵編成で、彼の息子アレクサンダー大王によって、ペルシャ帝国征服などの大遠征で決定的な役割を果たしました。編成の中核をなすのは長大な槍を携えた密集長槍兵(ファランクス兵)で、彼らが使用した槍はサリッサと呼ばれ、長さは18~20フィート(約5.5~6メートル)に達することもありました。サリッサは両手で保持する必要があったため、兵士は大型の円盾を腕に抱える従来のギリシャ重装歩兵とは異なり、左肩にぶら下げる小型の盾(小盾、ペルタ等)を用いることが一般的でした。
装備と編成
マケドニアのファランクスは単に長い槍を持った隊列というだけでなく、訓練・隊形・補助部隊との連携によって機能しました。典型的には密な列(複数列にわたる深い隊形)を組み、槍の先を前方に突き出して敵の前進を阻みます。編成の側面や機動を補うために、ファランクスの側面には機動力の高い歩兵(ヒュパスピス=盾持護衛兵など)を配置し、さらに軽装歩兵や投擲兵がスクリーンや偵察の役割を果たしました。
戦術と騎兵との連携
ファランクスは正面からの強力な打撃力と防御力を持ちますが、側面や背面に対しては脆弱でした。そのため、フィリップ2世以来のマケドニア軍は、機動力に富む騎兵(とくに王の親衛騎兵である伴騎兵 Companions)を重視し、これを用いて敵の側面・後方を攻略する戦術を採りました。戦場での典型的な運用は、ファランクスが敵正面を固定して敵の主力を抑えつつ、騎兵が側面や敵の脆弱箇所を突くことで全体を崩すというものです。こうした連携により、ファランクスの守備的な弱点が補われます。
代表的な運用例:ガウガメラの戦い
ガウガメラの戦いは、マケドニア式の連携戦術がよく示された例です。戦場は開けた平原であり、騎兵が重要な役割を果たす舞台でした。アレクサンダーは鉤状や斜行(オブリーク)による機動を用いて敵の包囲や側面攻撃を防ぎながら主導権を取ろうとしました。ペルシャ側は広範な騎兵を繰り出して側面を脅かしましたが、アレクサンドロスの騎兵隊はこれを撃破または排除し、最終的に敵陣の弱点、とくにペルシャ指揮部付近を突いて突撃をかけました。その隙にファランクスは中央を押し上げて敵を追撃し、戦闘の決定打を与えました。戦いの過程では、指揮系統・地形・部隊の機動性が勝敗を左右したことが分かります(なお、ダリウスはペルシャ軍の最高指揮を執っていましたが、戦闘の経過で混乱し後退しました)。
長所と短所、影響
長所:サリッサを用いたファランクスは、正面からの衝突において極めて優れた突撃力と防御力を発揮し、大規模戦闘での突破や敵の押し込みに有利でした。訓練された密集隊形は士気にも寄与し、陣形が維持される限り高い戦闘力を示しました。
短所:一方で、柔軟性に欠け、細かい機動や不整地での運用に弱く、側面や背面を突かれると崩れやすいという問題がありました。サリッサの長さは射程と打撃力を与える一方で、近接での格闘や盾防御の運用を制約しました。
このため、マケドニア式の成功は単に長槍を持つ歩兵だけでなく、騎兵や機動歩兵、指揮統制の巧みさ、そして綿密な訓練に依存していました。後のヘレニズム諸国でもファランクスは中心戦力として採用され続けますが、ローマ軍のようなより柔軟な徒手戦術や地形を利用する部隊により、やがてその純粋な形は弱体化していきます。


