メアリー・ローズ号:ヘンリー8世の軍艦 — 1545年沈没と1982年引揚、ポーツマスでの保存史

ヘンリー8世の軍艦メアリー・ローズ号:1545年沈没から1982年の引揚、ポーツマスでの保存と発掘の物語を詳解。

著者: Leandro Alegsa

メアリー・ローズ号は、イギリスのヘンリー8世が保有したトゥーダー期を代表する軍艦で、当時の海軍技術と戦術の変化を象徴する船でした。小型から中型の戦列艦に分類され、火砲を甲板や舷側に多数装備して運用できるよう改装が繰り返されていたことから、16世紀初頭〜中期の英王室海軍にとって重要な戦力でした。建造は16世紀初頭とされ、海上での機動性と火力を両立させる設計が施されていました。

1545年、フランス艦隊と衝突したソレント沖の海戦(ソレントの戦い)で、メアリー・ローズ号は沈没しました(1545年7月19日)。沈没の原因は完全には解明されておらず、舷側の大砲射撃に備えて舷窓(砲門)が開かれていたこと、急な風により急激に傾いたこと、近年の改装で満載になって安定性が低下していたことなどが複合して起きたと考えられています。乗員・兵士合わせて多数が命を落とし、船は海底に沈みましたが、沈没海域が比較的浅かったため、長年にわたって沈没船と遺物の存在は知られていました。

発見と引揚げ

1979年に設立されたメアリー・ローズ・トラストは、海底にあるメアリー・ローズ号の発掘・保存・研究を目的とする組織です。トラストによる徹底した調査と測量を経て、1982年に専門の引揚げ作業が行われ、ついに船体の大部分が海面に引き上げられることに成功しました。これは当時としても非常に大型かつ高度な水中考古学プロジェクトであり、世界的にも注目を集めました。

保存と公開

1994年から本格的な保存作業が行われ、発掘された木製船体や遺物は長期にわたる化学処理や乾燥工程を経て保存されました。木材の塩分を取り除き、構造を安定させるためにポリエチレングリコール(PEG)などを用いた湿潤保存処理が行われ、さらに徐々に乾燥させる手順で腐朽を防ぎました。保存処理と同時に出土品の整理・同定・分析も進められ、衣類、武器、航海用具、日用品、楽器など多様な生活用品が確認されました。

学術的・文化的意義

沈没船とそこから出土した遺物群は、16世紀の海軍生活、兵站、医療、食事、職種の違いなどを具体的に示す稀有な資料です。また、遺骨や骨格の分析によって当時の人々の健康状態、負傷の様相、年齢や出自に関する知見も得られ、歴史学・人類学・法医学など多分野の研究に寄与しています。引揚げ・保存事業は、水中考古学の手法と長期保存技術の発展にも大きな影響を与えました。

メアリー・ローズ号の遺骨は現在、HMSヴィクトリー号、HMSウォーリア号とともに英国ポーツマスにある歴史的ドックヤードで保存・展示されています。これらの展示は一般公開され、訪問者は船体や出土品を通じて16世紀の海と人々の暮らしを直に感じ取ることができます。

今日でもメアリー・ローズ号の調査と保存は継続しており、新たな分析法や保存技術の導入により、当時の海軍史や社会史に関する理解がさらに深まっています。教育・研究・文化遺産としての価値が高く、世界中の研究者や一般来訪者にとって重要な史料となっています。

アンソニーロールのメアリーローズの写真。Zoom
アンソニーロールのメアリーローズの写真。

沈没

沈没の正確な理由はわかっていない。一説によると、フランス軍に砲撃するために砲口を開けていた。しかし、乗組員が砲口を閉めなかった。開いた銃口から海水が入り、船は傾き、沈没した。

メアリー・ローズ号が沈んだのは、風が吹いてひっくり返ったからだ。



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