メル・ハイレニク(われらの祖国)― アルメニア国歌
メル・ハイレニクの概要。ミカエル・ナルバンディアンの詩に由来し、バルセグ・カナチャンが曲を付けた経緯、1918年の採用、ソビエト時代の廃止、1991年の復帰を解説する。
概要
メル・ハイレニク(アルメニア語:Մեր Հայրենիք、「われらの祖国」)は、国歌として定められたアルメニアの公式歌である。歌詞は、作家・思想家ミカエル・ナルバンディアンが19世紀に著した愛国詩に由来する。現在一般に用いられる歌詞はこの原詩に基づき、のちに作曲家バルセグ・カナチャンが曲を付けた。国歌は短く荘重な曲調で、国家の公式行事での演奏を意図している。
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2 画像成立と作者
国歌の基礎となった歌詞は、ミカエル・ナルバンディアンが1861年に書いた。ナルバンディアンの詩は民族的誇りと道徳的責務を主題とし、19世紀後半にはアルメニア人の間で広く知られるようになった。国歌と最も密接に結び付けられる編曲はバルセグ・カナチャンによるものである。現代の国歌に関する公式説明では、作詞者と作曲者の両者に言及されている。
歴史
この歌は、1918年に独立国家が成立した後、短命に終わったアルメニア第一共和国の国歌として正式に採用された。アルメニアがソビエト連邦の一部となると、メル・ハイレニクは公式には用いられなくなり、ソビエト共和国の国歌に置き換えられた。ソビエト連邦の解体後、アルメニア共和国は1991年、現代の憲法上の表現に合わせて歌詞に小規模な調整を施し、メル・ハイレニクを国歌として復帰させた。
年表
- 1861年:ミカエル・ナルバンディアンが原詩を執筆。
- 1918年:アルメニア第一共和国が国歌として採用。
- 1920年代~1991年:ソビエト時代に別の国歌へ置き換えられる。
- 1991年:独立したアルメニア共和国の国歌として復帰。
特徴、使用と文化的役割
音楽的には簡潔であり、管弦楽団、合唱団、吹奏楽編成による式典演奏に適するよう作られている。公式式典、軍事行事、国際スポーツ大会、学校行事で演奏され、国民的アイデンティティと歴史的連続性の象徴として機能する。歌詞は祖国、道徳的責任、犠牲を強調しており、聞き手を共有する価値観のもとに結び付けようとする国歌に共通する主題を示している。
主な事実と区別
メル・ハイレニクは、のちにアルメニア・ソビエト社会主義共和国で使用された国歌とは、旋律と思想的内容の両面で異なる。現代の公式版は、19世紀の詩的な声を保ちながら、現代の独立国家に適合するよう表現をわずかに改訂している。国歌の長さ、文言、演奏慣行をめぐる議論は、アルメニアの公的生活において時折見られ、その継続する象徴的重要性を示している。
国歌の歌詞、楽曲設定、公式上の地位については、こちらの資料を参照:国歌、アルメニア、歌詞、およびアルメニア第一共和国に関する歴史的注記。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com メル・ハイレニク(われらの祖国)― アルメニア国歌 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/63858