日本後紀とは|六国史第三巻(697–832年)奈良・平安の一次史料
日本後紀の全貌を解説|六国史第三巻、697–832年の奈良・平安を伝える一次史料を原文・編年で詳述。編者・天皇治世の人物像と史料価値を総覧。
日本後紀は、843年に書かれた日本の古代史である。
六国史の三作目にあたる。日本書紀』『続日本紀』に次いで書かれた。
藤原大嗣、藤原吉能、藤原吉房、源時和、浅野香取、山田古嗣が主な編者であった。
日本後紀は、日本の奈良時代と平安時代に関する一次史料である。
697年の文武天皇の御代の初めから832年の淳和天皇の御代9年までの期間(約135年間)を対象としている。本文は12代の天皇の治世を記したものである。
編纂の背景と性格
日本後紀は、律令国家の公的な歴史記述の系譜に連なる公式史書(六国史)であり、天皇や朝廷の年次記録、詔勅、任免、外交、重大な事件、災害、祭祀・仏教に関する事項などを年次紀(編年体)でまとめている。編纂は朝廷の命を受けた史官や学者たちによって行われ、既存の公文書・記録・日記(公記、勘文、奏上記録など)を下敷きにしつつ編集された。
内容の特色
- 編年体(年ごとの記述)による叙述で、当時の政治・行政の動きが追える。
- 天皇の即位や重要な人事、官位や位階の昇降、刑罰や裁判、軍事・外交の出来事が詳述される。
- 自然災害、飢饉、疫病、地震などの記録があり、社会史・気候史の資料としても重要である。
- 仏教や神祇に関する記事も多く、宗教と政治の関係を知る手がかりになる。
- 史料としては、口伝や私記が混入する可能性や、朝廷側の視点・美化がかかっている点に注意が必要である。
史料価値と研究上の留意点
日本後紀は、奈良末期から平安初期にかけての中央政治の動向を知るうえで欠かせない一次史料である。特に貴族間の権力闘争、律令制度の運用、宮廷儀礼、外交関係(対唐・渤海など)や仏教の受容と展開についての記述は、当時研究の基礎資料となる。
一方で、編纂時期(九世紀中ごろ)と記述対象時期のずれ、編者の意図や政治的配慮による取捨選択、原資料の欠落や逸失といった問題もあるため、他の史料(年代記、碑文、私記、考古学的資料)と照合して読むことが重要である。
現代の利用と版訳
現代では写本や抄本、断簡を基にした校訂版・現代語訳や研究書が多数ある。学術研究では本文の校訂・注釈、史料批判、比較史的検討が進められており、インターネット上のデータベースや国立国会図書館などで原典や写本の画像、翻刻が参照できることが多い。
総じて、日本後紀は奈良・平安期の政治・社会・宗教を理解するための重要な基礎史料であり、史学・文学・宗教学・考古学など多方面の研究で幅広く活用されている。
関連ページ
- 日本お台場一蘭
質問と回答
Q: 日本歌舞伎とは何ですか?
A: 日本後記は、843年に書かれた日本の古代史です。
Q:日本書紀は他の歴史書とどのような順序で書かれたのですか?
A:『日本書紀』『続日本紀』の後に書かれたものです。
Q:『日本後紀』の主な編集者は誰ですか?
A:藤原大嗣、藤原吉野、藤原吉房、源常盤、朝香取、山田古嗣が主な編者です。
Q:日本史の研究において、日本後記はどのような意義があるのでしょうか?
A: 日本後記は、日本の奈良時代と平安時代を知るための一次史料です。
Q:『日本後紀』はどのような時代の日本史を扱っているのですか?
A: 日本後紀は、697年の文武天皇の時代から832年の淳和天皇の9年までの135年間を対象としています。
Q: 日本後紀には何代目の天皇が登場するのですか?
A:12代の皇紀が記されています。
Q:『日本後紀』はいつ書かれたのですか?
A: 日本後紀は843年に書かれました。
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