オグドアドとは:エルモポリスの八神とエジプト創造神話の意味
オグドアド:エルモポリスの八神が紡ぐエジプト創造神話の謎と象徴を、名前と役割からわかりやすく解説。
エジプト神話において、エルモポリス(古代エジプト語でケムヌ、ギリシア語名はHermopolis)に祀られる8柱の神々(神獣)の集団をオグドアド(Ogdoad)と呼びます。オグドアドは古代の創造神話の枠組みに組み込まれ、しばしば人間の体に動物の頭を持つ姿、あるいはカエルやヘビそのものとして描写されます。彼らは4組の男女対で配置され、一般に男性はカエル、女性はヘビと結び付けられることが多く、その物語はエジプトの創造神話の一部を成します。
構成と象徴
- ヌン(Nun)とナウネット(Naunet) — 原初の水(原初の海)を象徴。
- アムン(Amun/アモン)とアムネット(Amaunet) — 「見えない(隠された)」性質、不可視性あるいは潜在性を表す。
- ヘ(Heh/Huh)とハウネット(Hauhet) — 無限、永遠性、時の広がりを表す。
- ケク(Kek)とカウケット(Kauket) — 闇、夜、暗がりの原理を表す。
各対は男性神と女性神で対をなすことにより、陰陽・対立と調和、生成の原理を象徴しています。図像上は男性がカエル頭、女性が蛇頭で表されることが多く、カエルは繁殖力や水との結びつきを、蛇は再生や地下世界との関係を想起させます。
創造神話での役割
古代エジプト人は、世界が形成される以前には無方向で静止した原初の水(ヌン)が存在したと考えました。オグドアドはそのヌンの中に住み、原初の特性(水、隠れた性質、無限、闇)を擬人化して表現します。ある伝承では、これらの原理の働きによって原初の陸(創世の小高まり)や原初の蓮、あるいは宇宙の卵が生まれ、そこから創造神(たとえばアトゥムやラーなど)が現れて世界が形成されたとされます。
伝承には地域や時代による差があり、オグドアド自身が直接に全てを創造したとする説や、オグドアドが創造の条件(場)を整え、そこから別の創造神が活動を開始したとする説など、解釈は多様です。また、太陽の毎日の再生や夜明けの到来といったイメージと結び付けられることもあり、原初の水から太陽が出現するというイメージはしばしば語られます。
他の神々との関連と後世の解釈
オグドアドは主にエルモポリス(ケムヌ)地方の信仰で発展したもので、ヘリオポリス(オン)を中心とする創世譚(例:アトゥムやエヌメン)とは別系統の伝承です。19世紀から20世紀初頭の学者、特にE. A. Wallis Budgeのような研究者は、オグドアドの諸要素とナイル流域の神々(たとえばクヌムやサテト、ハピ)との関連、さらにケクがソベク(ワニ神)と結びつく可能性を指摘しました。これらの考察は古代の地域的信仰の混交や機能的対応を示唆しますが、現代のエジプト学では一括的な同一視には慎重な立場が取られています。
また、ギリシア・ローマ時代にはエルモポリスがギリシア人により「Hermopolis」と呼ばれ、トート(Thoth)がヘルメスと同定されるなど、異文化間での同化・解釈替えが進み、オグドアド概念も時代を経て解釈が拡張されました。
信仰と表現
オグドアドに関連する遺物や碑文は主にエルモポリス周辺の神殿や墓に残されており、石碑やパピルスのテキスト、壁画などでその象徴が確認されます。宗教的には抽象的・概念的な存在として扱われることが多く、日常生活に直接かかわる神々(農耕や水利を司る神々)とは異なる「宇宙論的」な役割を持ちました。
総じて、オグドアドはエジプト古代宗教における「原初の状態」を体現する重要な概念群であり、地域ごとの神話的伝承や他の神格との関係を通じて、エジプト人の宇宙観と時間観を理解するうえで重要な手がかりを与えます。学術的な解釈は資料の断片性や時代差のため多様であり、現代の研究は考古資料・碑文・比較神話学の手法を併用して再検討を続けています。
なお、かつての研究ではオグドアドとナイルの諸神(ナイル川をめぐる神々)との結びつきが指摘されることがありますが、解釈には慎重であるべきです。
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