ペッカム(ロンドン南東部・サザーク区)の歴史と概要|地名由来・人口

ロンドン南東サザーク区・ペッカムの歴史と地名由来、人口概要、ローマ期の痕跡や社会的変遷を地図・年代で分かりやすく解説。

著者: Leandro Alegsa

ロンドン南東部に位置するのがペッカム(Peckham)で、ロンドン市サザーク区の一部を成す地区です。かつては隣接するカンバーウェルの一部と見なされていました。中心地域には約15,000人が住んでいるとされますが、サザーク区全体や周辺の統計を含めると実際の人口はさらに多くなります。

地名の由来

サクソン系の地名である「Peckham」は、もともと「Peck(ペック、川の名)+ham(村・家)」を意味し、「ペック川のそばの村」を表します。ペック川はかつて地区内を流れていた小川で、都市化に伴って1823年に暗渠化(覆われて排水路化)されました。

歴史概略

考古学的にはローマ時代の痕跡も見つかっており、古くから人が住んでいた地域です。歴史書では、1086年のドメスデー・ブックに「Pecheham(ペチェハム)」と記され、ベイユーのBayeuxオドやLisieux司教などが所領として登場します。

産業革命以降、特に19世紀後半に鉄道が開通すると郊外化が進み、住宅地として急速に成長しました。19〜20世紀を通じて公共住宅(公営住宅)の建設が行われ、第二次大戦後には大規模な集合住宅群が形成されました。

人口と民族構成

ペッカムは歴史的に移民を多く受け入れてきた地域で、現在も非常に民族的に多様なコミュニティが存在します。アフリカ系・カリブ系、アジア系、ヨーロッパ系などさまざまな背景の住民が混在し、多文化的な商店街や食文化が見られます。一方で、かつては「剥奪された地域(deprived area)」とされることが多く、失業率や貧困の問題を抱えるエリアもあります。

主な施設と見どころ

  • Peckham Rye Park and Common — 広い緑地で、市民の憩いの場。散歩やピクニックに適しています。
  • Rye Lane — 地元の商店街でアフロ・カリビアン系の食材店や独立系のショップ、飲食店が集まる活気ある通りです。
  • Peckham Library — 現代建築の図書館やコミュニティ施設。地域文化の拠点になっています。
  • Bussey Building / Copeland Park — クリエイティブなスペースや屋上イベントを行う場所で、地元のアートシーンやフェスティバル(例:Bold Tendencies)と結びついています。

交通

ペッカムはロンドン中心部へのアクセスが良く、複数の鉄道駅(Peckham Rye、Queens Road Peckham など)やバス路線が利用できます。これによりロンドン橋(London Bridge)やショーディッチ、ウォータールー方面への移動が便利です。

現代の課題と再生(リジェネレーション)

20世紀後半から21世紀にかけては、経済的な困難や犯罪、住環境の問題を抱える地域として認識されてきましたが、近年は再生(リジェネレーション)が進み、若い世代やクリエイティブ産業の流入、カフェやギャラリーの増加によりイメージが変わりつつあります。これに伴い不動産価格の上昇や住民構成の変化(ジェントリフィケーション)も見られ、地域の伝統と新しい動きのバランスが課題となっています。

まとめ

ペッカムは古くからの歴史を持ち、ローマ時代の遺構や中世の記録に名を残す地区です。多様な民族構成と豊かなカルチャー、公共スペースを持ちながら、社会的・経済的課題にも直面しています。近年は再生の動きも活発で、伝統と新しい文化が入り混じる注目のエリアになっています。



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