ティルダート(ティリダテス)とは:古代グルジア・コスロイド朝のイベリア王(394–406)

コスロイド朝の王ティルダート(ティリダテス)—394–406年のイベリア統治、敬虔な王としての教会建設とササン朝への関係を詳述。

著者: Leandro Alegsa

ティルダートグルジア語での名はティルダート、ラテン語でティリダテスと表記されることもある)は、コスロイド王朝の王で、394年から406年までイベリア(グルジア東部のカルトリ)を治めたと伝えられる君主です。治世に関する主要な史料はグルジア年代記(『カルトリの人々の物語』など)であり、そこでは彼が前代ミリアン3世(グルジアで初期にキリスト教を公認した王)の血統に連なる人物として描かれています。

出自と継承

年代記によれば、ティルダートはミリアン3世の子レヴの子にあたるとされます。彼の死後、王位は親族で義理の息子にあたるヴァラズ=バクル2世に継承されたと記されており、この点は他の近隣王族との婚姻や親族関係が王位継承に重要であったことを示しています。実際の血縁関係や継承の詳しい事情には史料ごとの相違があり、現代の研究でも諸説が存在します。

対外関係とササン朝への貢納

ティルダートの治世は、ローマ(後の東ローマ帝国)とササン朝ペルシアという大国の緩い勢力圏のはざまで行われました。年代記は、彼の治世にイランのササン朝に対する貢納(年貢や貢ぎ物)を強制されたと報告しており、これは当時のイベリア王国がササン朝の影響下に置かれていたこと、あるいは両大国の圧力に対する現実的な対応を反映しています。こうした貢納関係は政治的独立度に影響を与え、時に王権の安定を揺るがしました。

宗教と教会建設

グルジア年代記はティルダートの敬虔さを強調し、彼がルスタヴィー(ルスタヴィ)やネクレシ(Nekresi)などに教会を建立したと伝えます。これらの教会建立は、キリスト教化が進むカルトリにおける王権の宗教的正統性を高める行為と見なされ、地方のキリスト教共同体の支援にもつながりました。考古学的調査では、同地域での初期キリスト教遺構や礼拝施設の存在が確認されている場所もあり、王家による教会支援の痕跡を裏付ける証拠が徐々に蓄積されています。

史料と年代の問題

ティルダートについての情報は主に中世グルジアの年代記に基づくため、史実と伝説が混在している点に注意が必要です。年代記は王朝の系譜や宗教的美化を含むことが多く、具体的な年次や出来事の細部については他地域の史料や考古学的証拠と照合する必要があります。現代の歴史学では、年代記の記述を慎重に評価し、ペルシア側やビザンツ側の資料、発掘成果と総合してティルダートの治世を再構成しようとする試みが行われています。

評価と遺産

ティルダートは、コスロイド朝の一員としてカフカス地域におけるキリスト教国の確立と維持に寄与した君主と見做されます。ササン朝からの圧力の下で王権を運営しつつ教会建設を推進した点は、後のイベリア=グルジア王権の宗教的・政治的なアイデンティティ形成に影響を与えました。とはいえ、彼個人の政策や統治機構の詳細については不明な点が多く、さらなる研究が期待されています。

参考史料としては、グルジア年代記のほか、周辺地域の史料や考古学的調査報告があり、これらを合わせて読むことでティルダートの位置づけがより明確になります。

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