チョスロイド朝(Khosro[v]iani)—4〜9世紀イベリア(カルトリ)王朝の歴史と概要

チョスロイド朝(4〜9世紀)—イベリア(カルトリ)王朝の成立・キリスト教受容とビザンティン・ササン朝間の外交史を詳述。

著者: Leandro Alegsa

チョスロイド(Khosro[v]iani、グルジア語:ხოსრო[ვ] იანი)は、4世紀から9世紀まで、カルトリとして知られていた初期のグルジア国家イベリアの王と後の支配王子の王朝であった。イラン系のミフラニード家の分家と思われるが、337年頃にキリスト教を正教として受け入れ、ビザンティン帝国とイランのササン朝との間で独立性を保つために工作を行った。

起源と氏族背景

チョスロイド(Khosroid、グルジア語で ხოსრო[ვ] იანი)は、イラン高原由来の有力な貴族家系であるミフラニード家(Mihranids)の分家とされる。家名はペルシア語の人名「Khosrow(ホスロー)」に由来し、グルジア語の接尾辞「-იანი(-iani)」が付された形である。伝承・年代記や考古学的資料から、同家はローマ(ビザンティン)とササン朝の双方と関係を持ちながら東カフカス(カルトリ/イベリア)に君臨したと考えられている。

キリスト教化と国家形成

代表的な君主ミリアン3世(Mirian III、在位およそ3世紀末〜4世紀中頃)は、伝承によれば聖ニノ(St. Nino)による布教を受けて337年頃にキリスト教を国教として受け入れ、イベリアの国家的・宗教的基盤を大きく転換した。キリスト教受容は教会の組織化、聖堂建築、文字文化の発展(グルジア文字の成立をめぐる議論はあるが、5世紀頃に成立したとする説が有力)などを促した。

対外関係と政治的立ち回り

チョスロイド朝は地政学的にビザンティン帝国とササン朝ペルシアの緩衝地帯に位置していたため、両大国との同盟や服属を状況に応じて使い分けることで自律性を維持しようとした。軍事的・婚姻的結びつき、官職の授与、対外遠征などを通じてイベリアの独立性と領域を確保する試みが繰り返された。

主な君主・人物

  • ミリアン3世(Mirian III) — キリスト教受容を主導した重要な王。国家のキリスト教化と王権の基盤確立に寄与した。
  • ヴァフタング1世(Vakhtang I Gorgasali) — 5世紀後半〜6世紀初頭の有力王。対ササン朝の抗争、トビリシ(現トビリシ)に関する伝承、軍事改革と都市建設で知られる。
  • その他、代々のチョスロイド系王たちはカルトリ(イベリア)内で地方有力者や貴族と結びつきながら王権を運営した。

衰退とその後

6世紀後半からササン朝の影響力が強まり、特に580年代にササン朝がイベリア王制を事実上解体して辺境州(マルズバニ/総督制度)化したことで、チョスロイドの王権は大きく損なわれた。しかし、チョスロイド家の血筋は地元の有力貴族や「王子(eristavi)」としての地位を保持し続け、アラブ支配期を経て9世紀頃まで東グルジア(カルトリ/イベリア)政治に影響を残した。最終的には9世紀以降に台頭したバグラティオニ(Bagratid)王朝など新興勢力によって政治的主導権が移っていった。

史料と文化的意義

チョスロイド朝についての主要史料はグルジアの年代記群(代表的には『カルトリの物語(Kartlis Tskhovreba)』)や、ビザンティン・ササン朝側の史料、考古学的遺跡・教会遺構・碑文などである。チョスロイド期の最も重要な遺産は、イベリアの国家形成とキリスト教化による宗教・文化基盤の確立であり、後世のグルジア国家・教会の発展に決定的な影響を与えた。

まとめ

チョスロイド朝は、イラン系貴族の系譜を背景に4世紀から中世にかけてカルトリ(イベリア)を支配し、キリスト教受容と国家の形成に重要な役割を果たした王朝である。外圧に揺れながらも地域的な主体性を保ち、文化的・宗教的な遺産を後世に残した点で、グルジア史における重要な時代を代表する。

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質問と回答

Q: チョスロイドとは何者ですか?


A: チョスロイド朝は初期グルジアのイベリア王国の王と王子の王朝です。

Q: チョスロイドが統治していたグルジアの国家の名前は何でしたか?


A:チョスロイドが支配していたグルジアの国家はカルトリと呼ばれていました。

Q:チョスロイドの起源は何ですか?


A: チョスロイドはイラン系で、ミハラニド家の分家と推定されています。

Q: チョスロイドがキリスト教を正式な宗教として受け入れたのはいつですか?


A: チョスロイドは337年頃にキリスト教を公式の宗教として受け入れました。

Q: どのようにして独立を維持したのですか?


A: ビザンティン帝国とサーサーン朝イランの間を行き来し、ある程度の独立を保っていました。

Q: チョスロイドが支配していた時代は?


A: 4世紀から9世紀までです。

Q: チョスロイドが独立を維持する上で直面した主な対立は何ですか?


A: ビザンティン帝国とサーサーン朝イランとの争いです。


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