1250年の年表:ヨーロッパ・アフリカの出来事、誕生・死亡・人口推定

1250年の年表:ヨーロッパとアフリカの主要出来事、重要な誕生・死亡記録、時代背景と人口推定を分かりやすく網羅。歴史研究や年表参照に最適。

著者: Leandro Alegsa

コンテンツ

·         1 イベント

o    1.1 ヨーロッパ

o    1.2 アフリカ

·         2 誕生

·         3名死亡

·         4 時代と人口推定

イベント(1250年)

1250年は、中世ヨーロッパ・北アフリカ・東地中海で政治的転換や戦乱が続いた年として知られます。史料の限界から細部は不確実な点もありますが、主要な動きを下に整理します。

ヨーロッパ

  • 神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の死 — 1250年12月13日、フリードリヒ2世(Holy Roman Emperor)が没しました。彼の死は皇帝権と教皇庁の関係、イタリア半島における南北勢力の均衡に大きな影響を与え、神聖ローマ帝国内での領邦分化と内紛を助長しました。
  • 第七回十字軍の継続と影響 — フランス王ルイ9世(聖ルイ)が指導した第七回十字軍(1248–1254)は、エジプトでの戦闘が中心となり、1250年前後に悲劇的な局面(捕縛や補給失敗など)を迎えました。これにより西欧の十字軍運動と地中海における政治的関心が引き続き高まりました。
  • 地域支配の再編 — イングランドやフランス、イベリア半島、神聖ローマ帝国を含む各地の領主間での勢力争い・同盟の変動が続き、領邦国家的な権力構造が強まっていきます(地域ごとの具体的事件は史料により差があります)。

アフリカ

  • エジプトにおけるアイユーブ朝の終焉的状況とマムルークの台頭 — 1250年はエジプトで重要な転機の年です。第七回十字軍の遠征と内部の権力闘争の末、アイユーブ朝の支配が動揺し、軍人出身のマムルークたちが実権を握り始めました。これが後のバフリー(バフリ)・マムルーク朝の成立へとつながります。
  • マグレブ(北西アフリカ)とサハラ交易圏 — アルモハード朝の影響力は衰えつつあり、地方的な王朝や部族勢力が台頭しています。サハラ交易(塩・金・奴隷など)をめぐる経済的結びつきは依然として強く、サハラ以南の王国との関係が重要でした。

誕生(1250年)

中世の出生記録は地域や身分によって偏りがあり、1250年に生まれた人物を確実に列挙するのは困難です。年代を巡る史料の差異も大きいため、「1250年生まれ」と明確に記録された人物は限られます。研究では、封建領主や貴族、宗教指導者の生年が後世に確定されることがありますが、多くは概数(約1250年頃)として扱われます。

以下は「1250年ごろ」に生まれた可能性が指摘される人物の例(年代は史料により変動する)です。

  • (注)ここに固有名を挙げる場合は史料を確認する必要があります。地域史や系譜研究で具体的な人物が特定されることが多いため、関心がある場合は各地域の専門書・一次史料を参照してください。

死亡(1250年)

  • フリードリヒ2世(Holy Roman Emperor) — 1250年12月13日没。皇帝の死はイタリア・ドイツ・教皇との関係に大きな影響を及ぼしました。
  • トゥランシャー(Turanshah)などエジプト内の指導者の死と暗殺 — アイユーブ朝末期の混乱の中で、王朝内外の有力者が暗殺や戦闘で命を落とす事例がありました。これらはマムルークの台頭の遠因となります。
  • その他、地方領主や宗教指導者、軍人など多数の死亡が記録されていますが、史料の偏在により網羅的な一覧は困難です。

時代と人口推定

1250年という時点の人口推定は不確実性が高く、研究者や推計方法によって幅があります。以下はおおまかな推定とその背景です。

  • 世界人口(概算):約3.5億~4億人程度とする推計が一般的です。中世は農業生産力や疫病、戦争などで人口が増減しやすく、地域差が大きい点に留意が必要です。
  • ヨーロッパ:およそ6,000万~8,000万程度とする試算が多いです(地域により密度は大きく異なる)。集落や都市の発展は進んでいましたが、農村人口が支配的でした。
  • アフリカ:北アフリカ(地中海沿岸・エジプト)は人口密度が比較的高く、数千万規模の地域もありますが、サハラ以南は地域差が大きく、都市や交易路周辺に人口が集中していました。総人口の正確な推計は困難です。
  • 推定の限界:当時の税記録、教会記録、土地台帳などをもとに現代の研究者が逆推計を行いますが、戦争・疫病・移住・記録の欠落が多く、不確実性が常につきまといます。

補足・参考

1250年は地域ごとに変化の激しい時代であり、同じ年でも出来事の意味合いは地域によって大きく異なります。特に中東・北アフリカでは十字軍と地域勢力の衝突、内政の変動が連動しており、ヨーロッパでは皇位継承や封建制の展開が重要です。より詳細な人物列挙や地域ごとの年表を作る場合は、各国・地域の専門史料を参照してください。

イベント情報

ヨーロッパ

  • 12月13 神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世、死去
  • ポルトガル王アフォンソ3世がムーア人からアルガルヴェ地方を占領。
  • ヴァルデマール、スウェーデン王になる。
  • スペインにバリャドリッド大学が設立される。
  • イタリア・ヴェネツィアのリアルト橋は、ポンツーン橋から恒久的に盛り上がった木製の橋に変更されます。
  • Vincent of Beauvaisが百科事典的な作品『The Greater Mirror』を完成させる。
  • アンシャン・レジーム期フランスの法廷である「パルマン」が創設される。
  • ナポリ(現在のイタリア)の街で「ナポリの疫病」と呼ばれる病気が発生した。

アフリカ

  • 7月3日 - フランスのルイ9世、第7回十字軍遠征でエジプトに滞在中、ファリスクルの戦いでバイバルスのマムルーク軍に捕らえられる。
  • エジプトではマムルークのバーリ王朝が権力を握る。
  • 現在のエチオピアにワライタ国を建国(「ワライタ国の支配者」参照)

誕生日

  • ピエトロ・ダバノ(イタリアの医師、哲学者、占星術師)(1316年
  • グイド・カヴァルカンティ、イタリアの詩人(1300年没)
  • ペレスラヴルのドミトリー、ウラジーミル-スズダル大公(1294年没)
  • ピエール・デュボア(フランスの広報担当者、1312年頃没)
  • モーゼス・デ・レオン、『ゾハール』の編者(おおよその年代、1305年没)
  • ジョヴァンニ・ピサーノ(イタリアの彫刻家)(年代不詳、1314年


訃報

  • 2月2日 - スウェーデン国王エリック11世
  • 2月8日 - アルトワのロバート1世、フランスの十字軍兵士(戦死)(1216年生まれ)
  • 2月8日 - ウィリアム2世ロンゲスペ、イギリスの十字軍兵士
  • 6月18日 ポルトガルのテレサ
  • 8月9日 - デンマーク王エリック4世(1216年生まれ)
  • 10月4日 - ヘルマン6世、バーデン侯爵
  • 12月13 神聖ローマ皇帝、フリードリヒ2世(1194年生まれ)
  • レオナルド・オブ・ピサ(イタリアの数学者
  • マテジ・ニンスラヴ、クロアチア禁止

時代と人口推計

1250年の世界の人口は約4〜4億1600万人。



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