1690年代は17世紀末の重要な10年であり、ヨーロッパでの長期戦争、拡大する世界貿易と植民地化、財政面での制度革新、そして文化・科学上の重要な発展によって特徴づけられた。フランス、イングランド、ハプスブルク家、オスマン帝国のような強国が領土と影響力を争う一方、新しい経済制度や技術が経済と社会を少しずつ作り替え始めた。
戦争と外交
この10年の多くは、九年戦争(1688–1697)が支配していた。これはルイ14世のフランスと、イングランド王ウィリアム3世を中心とするヨーロッパ同盟との大規模な連合戦争である。主要な軍事的出来事には、アイルランドでのボイン川の戦い(1690)、ビーシー・ヘッドの海戦(1690)、ラ・オーグの海戦(1692)などがあった。ナミュールの包囲と奪還(1695)も注目すべき戦役だった。この戦争は1697年のリスウィック条約で正式に終結し、中央ヨーロッパでは長いオスマン戦争が1699年のカルロヴィッツ条約で終わった。
財政、貿易、技術
財政と商業の制度は、戦時需要と拡大する貿易に合わせて変化した。イングランドでは1694年にイングランド銀行が設立され、新たな信用供給と国家財政を支えた。世紀半ばには大改鋳と窓税も導入された。1698年には初期の蒸気駆動ポンプに関する重要な特許が取得され、これは後に機械化へつながる技術実験の一例だった。植民地交易も活発化し、とりわけスコットランド・カンパニー・オブ・イングランドが1698年に失敗に終わるダリエン計画を開始したことが知られる。また、奴隷化されたアフリカ人との交易におけるロイヤル・アフリカ会社の独占も、新たな立法によって挑戦を受けた。
社会、文化、科学
この10年は、より広い意味でのバロック文化の時代と初期啓蒙の中に位置していた。作曲家や建築家は壮麗な様式で活動し、科学的探究もそれ以前の成果の上に積み重ねられていった。政治的・宗教的緊張は、ニューイングランドでのセイラム魔女裁判(1692)や、1696年の暗殺未遂を含むウィリアム3世に対するジャコバイトの陰謀といった出来事を生んだ。ロシアのピョートル大帝は1697年から1698年にかけて大使節団を行い、西欧の同盟国と知識を求め、それが後のロシア改革を促す一因となった。
注目すべき災害と遺産
自然災害と社会的混乱も長く記憶された。1693年には壊滅的な地震がシチリアを襲い、島の南東部一帯の町々に甚大な被害を与えた。10年の終わりには、ヨーロッパの国境を作り替えた外交的合意と、今後の18世紀に建設的にも悲劇的にも影響を及ぼすことになる金融・植民地の実験が残された。
- 主要条約: リスウィック条約(1697)、カルロヴィッツ条約(1699)
- 制度: イングランド銀行(1694)
- 注目事件: ボイン川の戦い(1690)、セイラム魔女裁判(1692)、ダリエン遠征(1698)