1767年―世界史における年
1767年の主な出来事には、イギリス領アメリカ植民地でのタウンゼンド歳入諸法、スペインによるイエズス会追放、ロシアのポーランド・リトアニア共和国への介入、ジョン・クインシー・アダムズの誕生がある。
1767年は、ヨーロッパ、大西洋世界、そして植民地帝国において、政治的な再編と文化活動が見られた年であった。この年は啓蒙時代に属し、七年戦争後の時期に当たる。各国は新たな財政制度、帝国統治、外交上の取り決めを模索していた。この年に下された政治的決定は、植民地における長期的な緊張と、ヨーロッパ大陸における影響力の均衡の変化に寄与した。
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4 画像イギリス領北アメリカとタウンゼンド諸法
イギリス政府は1767年、北アメリカ植民地から歳入を得るとともに、議会の権威を強化することを目的として、一般にタウンゼンド諸法として知られる関税および規制措置の一括法案を導入した。ガラス、鉛、塗料、紙、茶などの輸入品への関税は抗議を招き、商人による非輸入運動と、代表制および帝国の権力をめぐる議論を先鋭化させた。こうした紛争は、植民地議会や都市中心部における政治組織化を強めた。
ヨーロッパと東ヨーロッパ
東ヨーロッパでは、ポーランド・リトアニア共和国の内政に対する外国の影響力が強まった。ロシアの外交的・軍事的圧力は議会の会期を左右し、貴族の保守的な特権を維持させた。これらの展開は、その後の分割を予兆するものであった。西ヨーロッパでは、諸帝国が戦後秩序に適応するなか、宮廷と閣僚は通商、財政、軍事の政策を引き続き調整した。
帝国、宗教、世界的なつながり
1767年、スペイン王室は王権の集中と帝国統治の近代化を目指すブルボン改革の一環として、スペイン本国と海外領土からイエズス会を追放するという劇的な宗教・行政上の措置を実行した。他方、ヨーロッパの商業・宣教ネットワークは、科学旅行者や博物学者とともに、地理、植物相、動物相に関する知識を広げ、遠隔地を経済的・知的に結び続けた。
文化と注目すべき人物
- ジョン・クインシー・アダムズ(1767年7月11日生)— 後のアメリカ合衆国第6代大統領であり、著名な外交官。
- ヨーロッパ、アメリカ大陸、アジアにおけるその他の出生と死去には、政治、文学、科学の分野で、18世紀後半から19世紀初頭にかけての時代を形作る経歴を歩む人物が含まれていた。
意義:1767年は、イギリス大西洋世界における帝国と植民地の立場を硬化させた施策、ブルボン朝スペインにおける決定的な宗教・行政改革、そして東ヨーロッパの脆弱な勢力均衡を示した介入によって、しばしば記憶される。この年は、その後数十年に起こる政治的・社会的な激変の舞台を整えた過渡期の10年間の一部をなしている。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 1767年―世界史における年 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/111709