1778年:アメリカ独立戦争、仏米同盟とジェームズ・クックのハワイ到達
1778年は、フランスがアメリカ合衆国と同盟を結び、アメリカ独立戦争が国際戦争へと拡大した転換の年である。主要な軍事行動やジェームズ・クックによるハワイ諸島到達もあった。
概要
1778年は転換点となった年である。フランスがアメリカ合衆国を承認して同盟を結んだことで、アメリカの独立を求める闘争は植民地の反乱から、より広範な国際戦争へと移行した。同時に、ヨーロッパ諸国の海軍をめぐる対立は大洋全域へ広がり、科学的探検と文化的な世代交代もこの時代を特徴づけた。
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10 画像主要な政治・軍事上の出来事
年の初め、フランスとアメリカ合衆国は北アメリカにおける勢力均衡を変える正式な協定を締結した。1778年2月の仏米条約には、相互承認、通商関係、対英戦争にフランスの艦船と兵士を加える軍事同盟が含まれていた。イギリス軍は6月にフィラデルフィアを放棄してニューヨークに再集結し、北アメリカでの戦闘は複数の重要な交戦を経て続いた。
- モンマスの戦い(6月28日):ニュージャージーで戦われたアメリカ戦域最大級の戦闘の一つ。規模の大きさに加え、バレーフォージを経た大陸軍が試されたことで知られる。
- 海戦:1778年7月、イギリス海峡でイギリス艦隊とフランス艦隊が戦った第一次ウェサン島の海戦は決着がつかなかったが、海上での公然たる戦争の開始を示した。
- ロードアイランド方面作戦(1778年夏):ニューポート奪回を目指した仏米共同作戦。嵐、兵站、イギリス軍の抵抗によって困難に直面した。
- 南部戦域の開始:イギリス軍は12月下旬にサバンナを占領し、南部植民地へ再び重点を置く動きが始まった。
探検と科学
1778年1月18日、ジェームズ・クック船長は、ハワイ諸島を目撃した最初の記録上のヨーロッパ人となった。彼はこれを「サンドイッチ諸島」と呼んだ。同年の航海は北太平洋沿岸についてのヨーロッパの知識を前進させ、地図作成と博物学にも寄与した。
文化、著名人の死去とより広い意義
1778年には、ヴォルテール(5月30日)やジャン=ジャック・ルソー(7月2日)を含む、影響力ある啓蒙思想家たちも死去した。これは一つの重要な知的世代の終わりを示す出来事であった。軍事同盟、世界規模の海軍交戦、継続する探検が重なった1778年は、アメリカ独立革命がもはや孤立した反乱ではなく、帝国間のより大きな競争の一部となった節目の年であった。この変化は外交、植民地帝国、革命思想の広がりに長期的な影響を及ぼした。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 1778年:アメリカ独立戦争、仏米同盟とジェームズ・クックのハワイ到達 Leandro Alegsa
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