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1980年夏季パラリンピック(アーネム)

1980年夏季パラリンピックは、オランダのアーネムで開催され、42か国から1,973人の選手が参加した。5つの障害区分を対象に、幅広い適応スポーツが実施された。

1980年夏季パラリンピックは、アーネム(オランダ)で開催された。大会には42か国を代表する1,973人の選手が集い、障害のある選手のための国際スポーツが戦後に発展していく流れを継承した。1980年オリンピックはモスクワで開催されたが、ソビエトの主催者は同地でパラリンピック競技大会を開催しなかったため、この年の別個の開催都市としてアーネムが選ばれた。

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参加者と障害区分

アーネムの競技者には、多様な障害を持つ選手が含まれていた。主な区分は、脊髄損傷、切断、視覚障害(盲)、脳性麻痺、および「レ・ゾートル(Les Autres)」として知られる分類であった。これはフランス語で「その他」を意味し、他の区分には含まれない身体的状態、たとえば特定の筋疾患や神経疾患を持つ選手をまとめるために用いられた。分類は選手が出場できる種目を定めるとともに、機能的能力が近い人々の間で公正な競技を実現することを目指していた。

スポーツと競技種目

競技プログラムにはさまざまな適応スポーツが組まれ、陸上競技と水泳は最大規模の競技の一つであった。ほかにも、通常は車いすバスケットボール、アーチェリー、卓球、重量挙げ、車いすフェンシングが実施され、障害の種類に応じて適応された団体競技や精密性を要する競技も含まれた。種目は分類別に編成され、選手は同程度の機能を持つ他の選手と競い合った。

アーネムでの参加状況は、20世紀後半におけるパラリンピック・ムーブメントの着実な成長を示している。当時、国際パラリンピック委員会はまだ存在していなかったが、国内および国際的な障害者スポーツ組織がオランダの主催者と協力してこの総合競技大会を開催した。この大会は適応スポーツへの注目を高め、分類制度と国際競技の仕組みのさらなる発展を促した。

遺産と注目すべき点

  • アーネム大会は、国際的な参加の拡大を示し、当時までの夏季パラリンピックの中でも比較的大規模な大会の一つとなった。
  • この大会は、パラリンピックがオリンピックとは別に開催されることがあった時代を示している。この分離は後に、開催に関する合意の変化とともに改められた。
  • 「レ・ゾートル」のような用語や、この時代に発展した分類方法は、脳性麻痺などの状態に関するものを含め、後の方針や区分の精緻化に影響を与えた。

詳細な競技結果や国別メダル表は専門の記録資料に収められているが、1980年アーネム大会のより広い意義は、障害者スポーツの国際的な組織化への貢献と、多様な障害を持つ選手の機会を広げた役割にある。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 1980年夏季パラリンピック(アーネム)

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/112166

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出典
  • 1980 Summer Paralympics
  • paralympic.org : "Summer Paralympic Games"
  • paralympic.org : "SUMMER PARALYMPIC GAMES OVERVIEW"