トスカーナ大公コジモ2世・デ・メディチ
コジモII世デ・メディチ(1590年5月12日 - 1621年2月28日)は、1609年から1621年までトスカーナ大公として活躍した人物である。トスカーナ大公フェルディナンド1世とロレーヌ公クリスティーヌの長男である。オーストリアのマリア・マグダレーナと結婚し、8人の子供をもうけた。ガリレオ・ガリレイは彼の幼少時の家庭教師であった。
11年間の在位期間中、トスカーナ州の行政はほとんど大臣に任せた。ガリレオ・ガリレイのパトロンとして知られ、彼の幼少期の家庭教師でもあった。
1621年、結核で死去。
家族・子供
マリア・マグダレーナとコジモの間には、次のような子供がいた。
- マリア・クリスティーナ・デ・メディチ(1609年8月24日 - 1632年8月9日)は未婚で死去した。
- トスカーナ大公フェルディナンド2世デ・メディチ(1610年7月14日 - 1670年5月23日)、ヴィットリア・デラ・ローヴェレ(1622年2月7日 - 1694年3月6日)と結婚して子供を産んだ。
- ジャン・カルロ・デ・メディチ(1611年7月24日 - 1663年1月23日) 1644年に枢機卿となる。
- マルゲリータ・デ・メディチ(1612年5月31日 - 1679年2月6日)は、パルマ公オドアルド・ファルネーゼと結婚し、子供をもうけた。
- マティアス・デ・メディチ(1613年5月9日-1667年10月14日)は後にシエナ総督に就任した。
- フランチェスコ・デ・メディチ(1614年10月16日 - 1634年7月25日)は未婚で死去した。
- アンナ・デ・メディチ(1616年7月21日 - 1676年9月11日)オーストリア大公フェルディナンド・シャルル(1628-1662)と結婚した人。
- レオポルド・デ・メディチ(1617年11月6日-1675年11月10日)1667年に枢機卿となる。
タイトルとスタイル
- 1590年5月12日 - 1609年2月17日 トスカーナ州大公殿下。
- 1609年2月17日 - 1621年2月28日 トスカーナ州モストセレーヌ大公殿下。