キャサリン・ヘップバーンKatharine Hepburn、1907年5月12日 - 2003年6月29日)は、アメリカの女優。俳優としての活動期間は約66年に及び、映画史上もっとも偉大なスクリーン女優の一人と広く評価されています。アカデミー賞には合計12回ノミネートされ、主演女優賞を4回受賞しました。この4回の受賞は主演女優賞としては現在も最多記録です。

初期〜舞台デビュー

ヘップバーンはコネチカット州ハートフォードに生まれ、ブリン・モーア大学を卒業しました(1928年)。同年にブロードウェイに進出し、舞台での経験を積んでいきます。舞台で培った確かな演技力と独特の存在感が後の映画キャリアの基礎となりました。

映画での成功と復活

1932年、ジョージ・キューコーの映画『A Bill of Divorcement』(邦題例:「離婚のビル」)でジョン・バリモアと共演してスクリーンに登場。その後1930年代には大きな成功を収めましたが、一時期人気が低迷します。復活のきっかけとなったのがブロードウェイ時代に関わった作品を映画化した『フィラデルフィア物語』(1939年)で、この作品によりヘップバーンは再びスターの座を確立しました。

ヘップバーンはコメディからシリアスな役柄まで幅広い役をこなし、強い意志と知性を持った女性像をスクリーンに刻みました。主演女優賞に輝いた主な作品には次のものがあります:

  • Morning Glory(1933年) — アカデミー主演女優賞(初受賞)
  • Guess Who's Coming to Dinner(1967年) — アカデミー主演女優賞
  • The Lion in Winter(1968年) — アカデミー主演女優賞
  • On Golden Pond(1981年) — アカデミー主演女優賞

スペンサー・トレイシーとの関係

1940年代以降、ヘップバーンは俳優のスペンサー・トレイシーと長期にわたる私的・公的パートナーシップを築きました。二人は計8本の映画で共演しており、代表作にはWoman of the YearAdam's Rib、さらに晩年のGuess Who's Coming to Dinnerなどが含まれます。画面上の相性だけでなく私生活でも深いつながりを持ちましたが、トレイシーが既婚者で離婚を望まなかったため、二人は結婚しませんでした。

私生活と人間像

ヘップバーンは1928年から1934年までラドロー・オグデン・スミスと結婚していました。また、俳優リーランド・ヘイワードや実業家のハワード・ヒューズとも交際歴があります。私生活では控えめでプライバシーを重んじ、コネチカットの別荘で静かな生活を好んだことで知られます。彼女のファッションやタフで知的な女性像は、多くの後続の女優や文化的アイコンに影響を与えました。

晩年と遺産

ヘップバーンは1991年に自伝『Me: Stories of My Life』を発表し、自らの人生やキャリアを回想しました。2003年6月29日午後2時50分、コネチカット州オールドセイブルックのヘップバーン家のフェンウィックで死去。享年96歳でした。生涯にわたる演技で残した数々の作品と受賞歴、そしてスクリーン上で築いた強く独立した女性像は、映画史における重要な遺産として今も高く評価されています。