名誉勲章アメリカ南北戦争中に創設された、米国政府が軍隊のメンバーに贈る最高の軍事勲章です。受章は、敵に対して行動を起こした際に自らの命を危険にさらし、任務を超えた顕著な勇気と犠牲を示した者に限られます。この勲章の性質上、受賞が死後に行われることが多く、記録上も多数が追贈されています。

ヒスパニック系の男性44人が名誉勲章を受章しています。内訳は、米国陸軍29人、米国海兵隊13人、米国海軍2人です。これらのうち25名が死後に授与されました。

最初のヒスパニック系受章者は、北軍のジョセフ・H・デ・カストロ伍長で、ペンシルバニア州ゲティスバーグでの行動(1863年7月3日)に対して名誉勲章が授与されました。デ・カストロはマサチューセッツの志願歩兵連隊(ボランティア部隊)に所属しており、正規軍ではない志願兵としての受章例の一つです。一方、正規軍所属として初めて広く認識されているヒスパニック系受章者は、第一次世界大戦中のデビッド・ベネス・バークレー二等兵です。

近年の受賞例としては、アフガニスタンでの行動によりリロイ・ペトリー一等軍曹(Leroy Petry)が2011年に名誉勲章を授与されています。

歴史上の「最初」の事例と出身地

海軍・海兵隊・陸軍それぞれでの“初”として注目される人物もいます。例えば、海軍での初のヒスパニック系受章者として知られるジョン・オルテガ水兵や、海兵隊での初受章者として挙げられる人物がそれぞれ存在します(氏名や授与年の細目は下記の個別項目参照)。

出身地については、ヒスパニック系名誉勲章受章者のうち10人がアメリカ本土以外で生まれています。出身国の内訳は、チリスペインが各1人、メキシコが4人、プエルトリコが4人です。チリ出身のフィリップ・バザール水兵は1865年1月に、スペイン出身のジョン・オルテガ水兵は1865年12月にメダルを受け取りました。メキシコ出身で最初に受章したのはマルカリオ・ガルシア二等軍曹、プエルトリコ出身で最初に受章したのはフェルナンド・ルイス・ガルシア一等兵(PFC)です。

特筆すべき個人と事例

  • デ・カストロ伍長(ジョセフ・H. De Castro) — 南北戦争でのゲティスバーグの行動により初期の受章者となった志願兵。
  • デビッド・ベネス・バークレー(David B. Barkley) — 第一次世界大戦中に戦功を挙げ、正規軍所属として早期に知られるヒスパニック系受章者。
  • ルドルフ・B・ダビラ中尉(Rudolph B. Davila) — フィリピン系の血統を持つヒスパニック系受章者で、第二次世界大戦中の欧州戦線での行動に対して授与された例として知られます。
  • ジョー・P・マルティネス二等兵(Joe P. Martinez) — 第二次世界大戦中、アメリカ国内での戦闘における英雄的行動により死後に名誉勲章を受けた最初のヒスパニック系アメリカ人の一人。
  • バルドメロ・ロペス少尉(Baldomero Lopez) — 米国海軍兵学校を卒業したヒスパニック系受章者の代表的存在で、朝鮮戦争での上陸作戦中に自らを犠牲にして仲間を救った行為で授与されました。
  • ハンバート・ローク・ヴェルサーチ大尉(Humbert R. Versace) — ベトナム戦争中に捕虜となり、その捕虜状態での不屈の勇気と模範的行為が評価され、陸軍の捕虜(POW)として初めて名誉勲章を授与された例として注目されます。

まとめと意義

ヒスパニック系の名誉勲章受章者たちは、アメリカ史の主要な戦闘において様々な役割を果たしてきました。南北戦争から現代のアフガニスタンやイラクでの作戦に至るまで、その勇気と犠牲は複数の軍種にまたがり、国籍や出自の多様性を反映しています。名誉勲章という最も高い軍事栄誉を通じて、これらの個人の行為は今日も記憶され、教育や記念活動を通じて後世に伝えられています。