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モラルジー・デサイ:インド第4代首相と非常事態後の指導者

インド独立運動家・政治家モラルジー・デサイ(1896年~1995年)の生涯。州首相、財務相を歴任し、1977~79年にジャナタ政権を率いた初の非国民会議派首相。

モラルジー・ランチョードジー・デサイ(1896年2月29日~1995年4月10日)は、インドの独立運動家であり、1977年から1979年まで同国第4代首相を務めた重鎮政治家である。非常事態後にインド国民会議派政権に代わって成立したジャナタ連合を率いたことで最もよく知られる。また、私生活での質素さ、行政における保守的な姿勢、公職における清廉さを重んじる姿勢によって、広く公的な人物像を築いた。

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生い立ちと政界での台頭

グジャラート州に生まれたデサイは、独立運動期の政治に参加し、1947年以降の数十年間には選挙で選ばれる公職へ進んだ。州と国の双方で要職を担い、行政経験と厳格な規律を重んじる評判を兼ね備えていた。長い政治経歴を通じて、州政府および連邦閣僚の重要な職を歴任した後、国家の指導者へと上り詰めた。

主な役職と責任

  • ボンベイ州政府の指導を含む、州政府の高位職を務めた。
  • 財政などの担当を担う中央政府の閣僚を務めた。
  • 1977年、幅広い野党連合の首班として首相に就任した。

これらの役職により、デサイは財政保守主義者であるとともに、法と秩序、説明責任を重視する行政官として知られるようになった。支持者からは清廉な人物と広く見なされた一方、批判者はその手法を家父長的、あるいは率直すぎると評することもあった。

首相在任期と政治的意義

デサイ政権は、独立後の国政における最初の非国民会議派政権として、歴史的に重要である。同政権は、多くの野党指導者が投獄され、市民的自由が制限された非常事態(1975年~1977年)の後に成立した。デサイ率いるジャナタ政権は、議会手続の回復、政治犯の釈放、非常事態期に導入された一部措置の撤回に重点を置いた。しかし、連合内部の対立が安定性を損ない、政権は任期満了前に崩壊した。

政策、人物像と遺産

デサイは、財政規律、協同組合と農村開発の取り組みへの支持、そして質素な生活様式と結び付けられている。禁酒と公的道徳を唱え、断固とした行政手法や、晩年に報じられた一部の型破りな健康法をめぐっても論争の的となった。その在任は、多党から成る野党勢力が中央で支配的な政党を退け得ることを示し、インド政治の転換点となった。

首相としての時期については、インドの首相の職とジャナタ時代の歴史を参照。

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AlegsaOnline.com モラルジー・デサイ:インド第4代首相と非常事態後の指導者

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