ニムラタ・ニッキ・ランドハワ・ヘイリー(単にニッキ・ヘイリー、1972年1月20日生まれ)は、アメリカの政治家である。2017年1月24日から第29代アメリカ合衆国国連大使を務めた。2018年10月9日に辞職し、同年12月31日に退任した。

2011年1月12日、サウスカロライナ州知事に就任した。共和党所属。サウスカロライナ州初の女性知事である。42歳という年齢は、同じく共和党のボビー・ジンダルに次いで、米国で最も若い知事となった。

生い立ちと学歴

ニムラタ・「ニッキ」・ヘイリーはサウスカロライナ州バンバーグで生まれ、インド・パンジャーブ出身の移民の両親のもとで育った。生家は小規模なビジネスを営んでおり、若い頃から家業を手伝った経験がある。1994年にクレムソン大学(Clemson University)で会計学の学位を取得した後、ビジネスの実務経験を積んだ。

州議会・州知事としての経歴

ヘイリーは2004年に選挙に勝ち、2005年から2011年までサウスカロライナ州下院で議員を務めた。そこでの実績を背景に2010年の知事選に出馬し初当選、2011年1月12日に州知事に就任した。2014年に再選され、2期目に入ったが、2017年に連邦政府の要請で国連大使に就任するため知事を辞職した。

知事在任中の主な出来事としては、2015年6月にチャールストンのエマニュエル・AME教会で起きた銃撃事件を受け、州議会と協力して州議会議事堂の敷地から南軍(南北戦争)関連の旗を撤去する措置を推進したことが広く注目された。また、経済誘致や雇用創出を重視し、複数の企業の州内誘致を進めたとして評価される一方で、教育や社会政策に関する一部の施策については賛否が分かれた。

アメリカ合衆国国連大使

2017年にトランプ政権から国連大使に任命されると、国際舞台で強硬かつ率直な発言を行うことで知られるようになった。安全保障理事会などでロシアや中国、イランなどに対する批判を行い、国連内での人権問題や透明性の改善を訴えた。2018年には米国が国連人権理事会(UNHRC)からの離脱を表明した際にも主要な立場を示した。

2018年10月に辞意を表明し、同年12月31日付で退任した。国連大使としての在任期間は対外的に鮮烈な印象を残し、外交における実務経験を広げた。

政策的立場と評価

  • 経済・財政:税制の簡素化と企業誘致を重視し、州内経済の活性化を訴えた。
  • 外交・安全保障:国連大使としては強硬な対外姿勢や同盟国との連携を重視し、制裁や圧力を通じた対応を支持する立場を取ることが多い。
  • 社会政策:保守的な価値観を基礎にしつつ、個別の問題では実務的なアプローチをとることがあるため、支持者と批判者の双方が存在する。

その後の動向と私生活

公職退任後も政治的な影響力を保持し、2023年には共和党の大統領選挙出馬を表明するなど全国的な舞台に再び挑戦した。2024年の共和党予備選でも主要候補の一人として注目を集めた。

私生活では、1996年にマイケル・ヘイリーと結婚し、2人の子どもがいる。夫はサウスカロライナ州の国家警備隊などに関わった経歴がある。家族や出自に関する話題は、彼女の政治的アイデンティティや公的イメージにも影響を与えている。

総括

ニッキー・ヘイリーは、地方自治から国際舞台まで幅広い経験を持つ政治家であり、出自や性別を越えて注目を集めてきた。サウスカロライナ州初の女性知事としての実績、国連大使としての率直な外交姿勢は、米国内外での評価と議論を呼んでいる。今後も国内政治や外交の分野で影響力を持ち続ける公人の一人である。