ポール・ルセサバギナ — 1994年ルワンダ大量虐殺で1268人を救った人道主義者
ポール・ルセサバギナ — 1994年ルワンダ大量虐殺で1268人を救った人道主義者の驚くべき勇気と行動。映画『ホテル・ルワンダ』の原作となった実話を詳述。
ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina、1954年生まれ)は、ルワンダの人道主義者で、1994年のルワンダ大量虐殺の際に多くの避難民を救ったことで国際的に知られています。サベナ・ホテル・デ・ミル・コリーヌ(Hôtel des Mille Collines)の支配人代理として勤務した経験があり、その後キガリのHôtel des Diplomatesのマネージャーも務めました。ジェノサイドが始まると、彼はホテルや個人の影響力、高官や重要人物との人脈を駆使して、多数のツチや穏健派のフツを救出・保護しました。
ジェノサイド時の行動
1994年の混乱の中で、ルセサバギナはホテルを一時的な避難所として提供し、従業員や宿泊客、周辺住民らを収容しました。彼は食料や医薬品の確保、必要な支払い(賄賂)による交渉、外部(外交官や国連要員)への連絡などを通じて人々の安全を守ろうとしました。これらの努力により、計1268人がインテラハムウェによる大量殺害から保護されたとされます。彼の行動は、ホテルの部屋や会議室に人々をかくまい、官僚や武装勢力と直接交渉するなど、極めて危険な局面を伴いました。
映画化と国際的評価
ルセサバギナの物語は映画の題材となり、国際的な注目を受けました。ルセサバギナの体験を基にした作品は広く知られるところとなり、ドン・チードルが主演した映画『ホテル・ルワンダ』(2004年公開)は、ジェノサイドの悲劇と個人の勇気を世界に伝えるきっかけとなりました。同作は国際的な評価を受け、関連してアカデミー賞を含むさまざまな映画賞の話題にもなりました。
その後の経歴と論争
ルセサバギナはジェノサイド後、国際的な講演や人道支援活動を行い、かつてはベルギーのブリュッセルで妻と4人の子供、2人の養女と暮らしていました。しかしその後、ルワンダ政府に対する批判的立場をとり、反体制組織との関係をめぐって論争が生じます。2020年には国外からの勧誘や誘導の末にドバイで拘束され、その後ルワンダに移送されました。2021年にはテロ関連の罪で有罪判決を受け、長期の刑を宣告されました。逮捕手法や裁判の公正さ、被告に対する取り扱いについては国際的に懸念や批判が出ており、支持者と批判者の双方が存在します。
評価と遺産
ポール・ルセサバギナの評価は一面的ではなく、彼を「英雄」とみなす声もあれば、後年の政治的行動を問題視する声もあります。1994年に多くの命を救ったという事実は広く記憶されており、その行為は人道主義の象徴として語られる一方で、その後の経緯は国際政治や法の適正手続き、正義のあり方についての議論を呼び起こしています。彼の経験は、個人の勇気が集団暴力の中でいかに重要になり得るかを示すとともに、歴史の記憶と現代の政治的対立が重なり合う複雑な事例でもあります。

2006年のポール・ルセサバギナ
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