カスティーリャ(カスティーリア)とは:起源・歴史・地理の概要

カスティーリャ(カスティーリア)とは?起源・歴史・地理をわかりやすく解説し、文化や影響まで一望できる概要ガイド

著者: Leandro Alegsa

カスティーリャカスティーリアという意味もある。

語源と概略

カスティーリャ(Castilla)は、ラテン語の castella(小さな城・砦の複数形)に由来し、「城の多い地域」を意味します。中世イベリア半島の辺境(前線)として多くの砦が築かれたことからこの名が定着しました。現代では歴史的・文化的概念としてのカスティーリャと、スペインのいくつかの現代的行政区(例:カスティーリャ・イ・レオン、カスティーリャ=ラ・マンチャ)を区別して用います。

起源と中世の歴史

  • 9〜10世紀:カスティーリャは当初レオン王国の辺境伯領(辺境州、カウンティ)として組織され、少数の砦や集落から発展しました。特に有力な辺境伯として知られるのがフェルナン・ゴンサレス(Fernán González)で、彼の時代に自治性が高まりました。
  • 11世紀〜13世紀:カスティーリャは次第に王国へと成長。サンティアゴやトレドなどの重要都市を巡る争いと、ムーア人支配地域とのレコンキスタ(再征服)が進行しました。1085年にアルフォンソ6世がトレドを奪回したことは象徴的な出来事です。
  • 1230年:フェルナンド3世(Ferdinand III)がカスティーリャとレオンの王位を継承・統合し、両地域の結びつきが強まりました。
  • 15世紀末:カスティーリャのイザベル1世と、アラゴンのフェルナンド2世が結婚(1469年)し、いわゆる「カトリック両王」によるスペイン統一の基盤が築かれます。1492年にはグラナダ陥落でレコンキスタが完了し、同年コロンブスの新世界航海がカスティーリャ王権の支援で実施されました。

近世以降とカスティーリャの役割

中世から近世にかけて、カスティーリャ王国(王冠)は海洋進出と植民地支配の中心となり、スペイン語(カステジャーノ、castellano)が全国に広がりました。ハプスブルク朝・ブルボン朝の時代を通じて、カスティーリャは王権と財政の重要な基盤であり続けました。近代以降の行政改革や自治体制度の変化により、歴史的カスティーリャは複数の現代的自治体(Comunidades Autónomas)に分割されています。

地理と気候

  • 位置:イベリア半島の中央部、いわゆるメセタ(高原)を中心とする地域が古くからのカスティーリャに当たります。
  • 地形:中央高原(Meseta Central)が広がり、北は山地、南へ向かって徐々に標高が下がります。代表的な山脈にはシエラ・デ・グアダラマなどがあります。
  • 河川:ドゥエロ(Duero)、タホ(Tajo/Tejo)、グアディアナ(Guadiana)など主要河川が半島内部を潤します。
  • 気候:大陸性気候で、夏は暑く乾燥し、冬は寒さが厳しい地域が多いのが特徴です。標高や内陸性の影響で日較差・年較差が大きくなります。

主要都市と文化的拠点

  • トレド(Toledo):歴史的にカスティーリャの宗教・行政の中心であり、ムスリム、ユダヤ人、キリスト教徒が交差した文化遺産が残る。
  • サラマンカ(Salamanca):1218年に創立された古い大学(サラマンカ大学)を擁し、中世から学問の中心地。
  • ブルゴス、レオン、バリャドリッド、セゴビア:ロマネスク・ゴシックの教会や大聖堂、城塞など歴史的建築が豊富。
  • マドリード:歴史的には「カスティーリャ・ヌエバ(新カスティーリャ)」の一部とされ、現在はスペインの首都として政治・文化の中心。

言語と文化

スペイン語(カステジャーノ)はカスティーリャ地方で発展した言語が基礎になっており、世界に広まった標準スペイン語の源流です。文学面では中世のエピック(例:エル・シッド伝説)や黄金期の文学(セルバンテス等)に至るまで多様な遺産があります。建築ではロマネスク、ゴシック、ムデハル様式などが混在し、城や大聖堂が地域風景の象徴です。

観光の見どころ(例)

  • トレド旧市街と大聖堂
  • サラマンカ大学とプラサ・マヨール
  • ブルゴス大聖堂(ゴシック建築の傑作)
  • セゴビアの水道橋と城(アルカサル)
  • メセタの風景や伝統的な白壁の村々(特にカスティーリャ=ラ・マンチャの風車など)

現代の行政区分と名称の使用

歴史的な「カスティーリャ」は現在、いくつかの自治コミュニティに分かれています。主なものはカスティーリャ・イ・レオン(Castilla y León)カスティーリャ=ラ・マンチャ(Castilla–La Mancha)です。さらにマドリード自治コミュニティは地理的・歴史的にはカスティーリャの中核に含める見方があります。日常的、文化的文脈では「カスティーリャ」は歴史・言語的区分として用いられることが多く、行政的用語としては上記の現代自治体名が使われます。

まとめ

カスティーリャは「城の多い土地」を語源とし、中世以降にスペイン統一とスペイン語の形成に大きく寄与した地域です。高原地帯を中心に独自の気候・文化が育まれ、現在は歴史的遺産とともに複数の自治体に分かれて存在しています。旅行・歴史研究・言語学のいずれにおいても重要な対象です。



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