概要
『カルタゴの女王ディドー』は、通常クリストファー・マーロウの作品とされるエリザベス朝の舞台悲劇である。この戯曲は、古典資料に見られるディドーとアエネアスの物語を脚色し、カルタゴの女王の激しい恋と破滅を描く。成立年代は正確には不明だが、多くの研究者は、マーロウの初期作品であり、ケンブリッジ在学中かその直後に書かれた可能性があると考えている。現存する最古の刊本は後年のもので、その本文には古典の影響と、マーロウ劇に特徴的な修辞的な強度が反映されている。
資料と筋立て
マーロウは、この筋を組み立てるにあたり、ローマおよびアウグストゥス時代の詩に依拠した。主な典拠には、ウェルギリウスの『アエネーイス』における叙述や、オウィディウスの『ヒーロイデス』の書簡要素が含まれる。これらのテキストから、彼はおなじみの流れを取り入れた。すなわち、アエネアスがカルタゴに到着し、神意によって恋が芽生え、やがてアエネアスは運命づけられた使命を追ってディドーを捨てる。その結果、ディドーは絶望し、自殺に至る。ただしマーロウは、アエネアスの帝国的使命を前面に出すのではなく、ディドーの体験をより強く際立たせるよう、これらの素材を組み替えている。
劇的特徴と主題
- 個人の情念への重点:この作品は、ディドーの感情生活と道徳的葛藤を前面に置く。
- マーロウ作品に見られる、修辞的な無韻詩と詩的な雄弁。
- 愛、運命と意志の対立、政治的責任、そして個人的欲望と公的義務の衝突という主題。
- 古典神話を用いて、エリザベス朝の文脈でジェンダーと権威の問題を探る。
成立、作者問題、受容
共同執筆の有無や正確な成立時期については、学界の見解が分かれている。文体上の差異から、改訂や複数の手が入ったと考える批評家もいる。この作品は同時代のいくつかの作品ほど継続的な上演史を持たないが、マーロウの劇作上の声の形成と、この時代の古典叙事詩への関わりを示すものとして、現代の再演や学術研究の対象となってきた。また、ディドーの扱いは、後の英文学における『アエネーイス』受容にも影響し、演劇や音楽への翻案を含む展開へつながった。
遺産と特筆点
ディドー物語の英語による最もよく知られた音楽作品はヘンリー・パーセルのオペラ『ディドーとエネアス』だが、マーロウの舞台版も、広く知られた神話を早い時期に劇的に作り替えた点で重要である。この戯曲は、ルネサンス期の劇作家が古典資料を、初期近代の舞台におけるアイデンティティ、権力、情念の問題へと翻訳した例として研究されている。