フェルミ・ディラック統計は量子統計学の一分野で、エンリコ・フェルミとポール・ディラックの名にちなみます。多数の同種の粒子(フェルミオン)が占める巨視的状態を記述するための統計で、特にスピン1/2を持つ電子のような粒子に適用されます。たとえば、金属半金属中の電子の分布を記述することで、物質の電気伝導や熱容量などの性質(電気伝導度など)を理解できます。

フェルミ・ディラック統計では、次の基本的な仮定を置きます。

  • どの状態の粒子も2つ以上の粒子を保持できない(パウリの排除原理と呼ばれる)
  • 粒子は互いに区別できず、入れ替えても新しい状態にならない(同一粒子、交換対称性)。

フェルミ分布の定義と式

フェルミ分布は、温度Tにある系でエネルギーEの状態が占有される確率を与える関数です。すなわち、あるエネルギーレベルに粒子が存在する確率を表します(ここで「確率」は系が熱平衡にあるときの平均占有数に対応します)。この確率は次の式で与えられます:

f(E) = 1 / (exp[(E − μ) / (k_B T)] + 1)

ただし μ は化学ポテンシャル(低温でのμを特にフェルミ準位 E_F と呼ぶことが多い)、k_B はボルツマン定数、T は絶対温度です。重要な性質は次の通りです。

  • 絶対零度(T = 0)では、E < E_F の状態はすべて占有(f = 1)、E > E_F の状態は空(f = 0)となり、分布は階段状になります(フェルミ面・フェルミエッジ)。
  • 有限温度では、フェルミエッジは熱幅およそ k_B T の範囲で「平滑化(スミア)」されます。つまり、E ≈ μ の周りだけが温度の影響を受けやすく、極低温では μ ≒ E_F になります。
  • 高温極限((E − μ) ≫ k_B T)では、フェルミ分布は古典的なマクスウェル–ボルツマン分布 f(E) ≈ exp[−(E − μ)/k_B T] に近づきます。
  • 電子のスピン自由度が有効な場合、1 状態あたりの占有上限はスピン2方向で最大2(一般にスピン縮退を乗じる)です。

密度状態(Density of states)と占有数

系全体の粒子数 N や内部エネルギー U は、エネルギー密度状態 g(E)(単位エネルギー当たりの状態数)を用いて次のように表されます:

N = ∫ g(E) f(E) dE,  U = ∫ E g(E) f(E) dE

自由電子近似の三次元電子ガスでは、g(E) はおおむね √E に比例します(具体的には g(E) ∝ V (2m/ℏ^2)^{3/2} √E)。この g(E) とフェルミ分布を組み合わせると、金属の低温比熱が線形温度依存(C_e ∝ T)になる理由や、常温での伝導電子の大部分が寄与しないこと(寄与するのは E_F の周囲 k_B T の幅にある電子のみ)などが説明できます。

金属電子への応用と物理的帰結

  • フェルミ面:T = 0 のときに占有される最大エネルギー E_F に対応する運動量空間上の境界。金属の多くの電子的性質(電気伝導、熱伝導、光学応答など)はフェルミ面の形状に強く依存します。
  • 低温比熱:古典的期待(電子1個あたり 1/2 k_B)と異なり、フェルミ統計により電子比熱は低温で C_e ∝ T となる(実験で観測される金属の比熱はここから格子比熱成分を除いて説明される)。
  • 磁化:パウリ原理により電子の磁化応答は「パウリ常磁性」(温度に弱い)として現れる。
  • 天体物理への応用:電子縮退圧は白色矮星の支えや中性子星近傍の物理で重要な役割を果たします。

導出の端的な説明

フェルミ分布は、粒子数とエネルギーが平均的に保存されるという制約の下で、統計的エントロピーを最大化するか、あるいはグランド・カノニカル分布(化学ポテンシャル μ を導入)を用いて各状態の占有確率を求めることで得られます。パウリの排除原理により各単一粒子状態の占有数は0か1に限定され、その平均値が上の f(E) になります。

まとめ(要点)

  • フェルミ・ディラック統計はフェルミオン(電子など)系の熱平衡分布を与える基本法則である。
  • フェルミ分布 f(E) = 1 / (exp[(E − μ)/k_B T] + 1) は、温度と化学ポテンシャルで占有確率を決める。
  • 低温ではフェルミ準位 E_F の近傍だけが物理的効果に寄与し、多くの金属性質(比熱、伝導、磁化など)がこの事実から理解できる。
  • 高温では古典統計に漸近し、天体物理から固体物理まで幅広い分野で応用される。

より詳しい計算(自由電子モデルの g(E) の具体式や化学ポテンシャルの温度依存など)を扱うと、実際の金属や半導体の性質を定量的に比較・予測できます。