アブラハム・パラトニク(1928年2月2日生まれ - 2020年5月9日没)は、初期のキネクロマティックおよびキネティック作品を生み出したことで知られるブラジルの芸術家・発明家である。彼は、光、顔料、そしてあらかじめ組まれた動きの相互作用によって、変化し続ける色彩やパターンを生み出す電気機械装置を発展させた。その実践は、ブラジル国内および国際的に、技術とキネティック・アートへの形成的な貢献とみなされている。
生涯と背景
パラトニクはナタルで生まれ、リオグランデ・ド・ノルテ州に育った。幼少期から青年期にかけての1932年から1947年までの多くをパレスチナ/イスラエルで過ごし(リンク)、第二次世界大戦後にブラジルへ戻り、のちにリオデジャネイロに定住した。制作活動では、技術への好奇心と芸術的実験を結びつけ、工芸、機械工学、視覚芸術のあいだを橋渡しした。
作品と技法
パラトニクは、モーター、回転要素、フィルターを通した光、層状の顔料を用いて、時間とともに像が変化する作品を生み出す「キネクロマティック」装置で最もよく知られている。典型的な構成要素には、次のようなものがあった。
- 制御された動きを生み出す小型電動モーターと歯車
- 色付きフィルター、塗装面、半透明素材
- 光を変調するための円盤、シャッター、あるいはスリット状の要素の配置
- 速度と順序を調整するための単純な回路
その結果として生まれたのは、ゆっくりと意図的に進む色と形の振付であり、鑑賞者は静止画ではなく、変化する構成を目にすることになった。彼の機械はしばしば木製のキャビネットや自立式の枠に収められ、芸術作品であると同時に工学的なシステムとして説明された。
展覧会、影響、遺産
パラトニクはキャリアの早い時期から重要な展覧会に参加し、1951年の第1回サンパウロ・ビエンナーレで展示された作品もある(第1回サンパウロ・ビエンナーレ)。その実験は、後年の電子芸術、光の芸術、インタラクティブ・インスタレーションの発展を先取りしていた。批評家や歴史家は、技術的なプロセスを美的実践に取り入れることで、ブラジルの近代美術の語彙を広げた先駆者として彼を評価している。
パラトニクは生涯を通じて制作と展示を続けた。彼はリオデジャネイロで92歳で死去し、その死はCOVID-19の合併症によるものと報じられた(リンク)。彼が残した作品群は、キネティック・アートやメディア・アートの研究者によって研究され、公的・私的コレクションに保存されている。
彼の装置への入門としては、「キネクロマティック装置」や技術図面を解説した文章やカタログを参照するとよい。そうした資料は、単純な機械要素と光学要素が組み合わさって、いかに洗練された知覚効果を生み出すかを明らかにしてくれる。発明と視覚構成を融合させたパラトニクの仕事は、動き、光、時間を扱う芸術家にとって、今なお参照点であり続けている。