ジョセフ・ヘンリー・ブラックバーン(1841年12月10日マンチェスター生まれ、1924年9月1日ロンドン没)は、ニックネーム「黒死病」で知られ、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのイギリスを代表するチェスグランドマスターでした。 生涯を通じて約50年以上にわたりプロのチェスプレイヤーとして活動し、同時進行や目隠し対局などの展示会を各地で行ったことで特に有名です。

生い立ちと棋歴の出発

ブラックバーンは比較的遅く、18歳でチェスを覚えましたが、急速に腕を上げていきました。以後、トーナメントや対局で着実に成績を残し、一時は世界で第2位と評価されるほどの強豪となりました。国内外の主要大会で安定して好成績を収め、ヴィクトリア朝期の英国チェス界を代表する存在となりました。

棋風と仕事

攻撃的で粘り強い棋風が特徴で、「黒死病(The Black Death)」というニックネームは、対戦相手にとって手強く破壊的なプレイぶりから付けられたとされています。観戦者を魅了する鮮烈なタクティクスや勝負勘に定評があり、速攻や複雑な中盤戦で力を発揮しました。

また、ブラックバーンは自らの対局集に注釈をつけて刊行したり、当時の大手雑誌のチェス特派員として長年にわたり寄稿を続け、棋譜の解説や大会報告を通じてチェス界に貢献しました。加えて、数多くの同時対局や目隠し対局を成功させ、チェスの普及・興行面でも重要な役割を果たしました。

エピソードと人物像

「20年以上にわたり、彼は世界で最初の6人のプレーヤーの一人であり、さらに長い間、英国生まれの主要なプレーヤーでした」。p42

私生活では、スコッチウを好んでおり、試合中に一杯傾けることもあったと言われます。試合相手のグラスを手に取って乾杯するような茶目っ気のある振る舞いも伝えられており、観客やファンから親しまれる人物でした。

晩年と遺産

晩年は体力や健康の衰えもあったものの、長年のファンや支持者の購読・寄付によって支えられ、最後までチェス界に関わり続けました。多数の棋譜と注釈、展示会での記録は後世の研究や愛好家にとって貴重な資料となり、英国チェスの発展に与えた影響は大きいものがあります。

評価

  • 生涯を通じて国際的に高い評価を得た英国代表の一人。
  • 同時対局・目隠し対局の名手として観衆を魅了した。
  • 棋譜の注釈やチェス雑誌での執筆を通して、棋芸の普及に貢献した。

ブラックバーンの名は、彼が遺した対局集や逸話とともに、今日でもチェス史の重要な一章として語り継がれています。