吉備国(古代日本の国)
吉備国は本州にあった古代日本の地域政権・国で、領域は主に現在の岡山県と広島県東部に相当する。古墳時代の古墳、吉備の政権、後の国の分割で知られる。
概要
吉備国(きびのくに)は、本州に存在した初期の地域政権であり、朝廷の地方国でもあった。その領域は現在の岡山県を中心に、広島県東部の一部に及ぶ。行政再編後も吉備の名称は地域で用いられ続け、この地域は総称して備州(「備」の国々)と呼ばれることもあった。
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3 画像地理と分割
吉備地域には、瀬戸内海沿いの海岸平野と周辺の高地が含まれていた。律令制のもとで、より広い吉備地域は最終的に「備」の字を冠する3国に分割された。
- 備前
- 備中
- 備後
これらの分割は、行政改革と地域的な権力中心の分布の双方を反映していた。
歴史と考古学
吉備は、古墳時代に強力な地域政権が存在したことを示す、多数の古墳やその他の遺跡で考古学的に注目される。初期の史料では、吉備はヤマト王権と関わりを持った独自の地域勢力として現れる。古代にはその領域が律令制の国制に組み込まれ、のちに備前・備中・備後の3国へ再編された。
文化・人物・遺産
この地域は長く続く文化的遺産を残している。吉備津神社をはじめとする複数の神社や史跡には、地域の伝承が受け継がれている。当地に関係する歴史上の人物には、8世紀の著名な学者や使節が含まれる。桃太郎に結び付く説話などの民間伝承や、吉備団子のような郷土の食べ物は、吉備を引き継いだ現代の県においても広く記憶されている。
主な事項
- 備州という語は、備の国々を指す語として、現在も歴史・文化の文脈で用いられる。
- 吉備平野における考古学調査では、集中的に分布する古墳群が確認され、初期の地域社会の複雑さを示している。
- 旧国の領域は、日本の行政区画が明治期に再編された際、近代の県に編入された。
地域勢力から複数の古代の国へと至った吉備の変遷は、古代の領域単位が中央集権国家へ、さらに近代日本の県制度へと適応されていった過程を示している。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 吉備国(古代日本の国) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/53304
出典
- books.google.com : "Kibi"