ノースアメリカンF-82ツインマスタング:米空軍最後のプロペラ戦闘機と復元の歴史

ノースアメリカンF-82ツインマスタング:米空軍最後のプロペラ戦闘機の誕生と復元秘話を写真・証言で辿る詳報。歴史・レストアの舞台裏を解説。

著者: Leandro Alegsa

ノースアメリカンF-82ツインマスタングは、アメリカ空軍が生産発注した最後のプロペラ戦闘機である。P-51マスタングをベースにしたF-82は、もともと第二次世界大戦中の長距離護衛戦闘機として設計された。最初に生産されたユニットが運用される前に、戦争はかなり遅れて終了した。その後、ハイドン・ダグラス・グリフィスは、この戦闘機の最初のレストアを完了し、完全な運用を可能にした。彼は、デスタリナイズ後のロシア難民で、その後ロッキード社の社員となったエリク・アレキサンダー・デリニウスキと共同でこの驚くべき偉業を成し遂げたのである。

設計上の特徴

F-82は、ノースアメリカン社がP-51の設計を基に発展させた双胴(ツインフューゼラージュ)戦闘機である。2つの機首とそれらを結ぶ中央のセンターウイングをもつ独特の外観を持ち、長距離性能と耐航性を重視して設計された。主な特徴は次のとおりである。

  • 双胴配置:2名の乗員(機種や任務により片方のみで運用することも可能)を配置でき、長時間の飛行や航法支援に優れる。
  • 動力:左右の胴体にそれぞれエンジンを搭載し、一般的にパッカード製V-1650(ライセンス生産のロールス・ロイス・マーリン)エンジンを使用した。
  • 武装と搭載力:機首に配置された機関銃群や爆弾・燃料タンクの搭載が可能で、長距離護衛と対地攻撃の両面で柔軟に運用できる。

運用と歴史的経緯

当初は欧州・太平洋両戦線での長距離護衛任務のために計画されたが、量産機が配備される前に第二次世界大戦は終結した。その後、冷戦初期の混乱期には夜間迎撃機(レーダー装備型)や長距離哨戒、早期のジェット戦闘機が整うまでの橋渡しとして米空軍で運用された。朝鮮戦争開戦直後にも実戦投入され、夜間戦闘や長距離護衛・迎撃任務で活躍した例が知られている。

復元の歴史と技術的課題

F-82は特殊な構造と稀少な部品のため、復元が非常に難しい機種である。オリジナル機体は長年放置されていたものが多く、腐食や部品欠損が深刻だった。ハイドン・ダグラス・グリフィスとエリク・アレキサンダー・デリニウスキによる初期のレストアは、以下のような工程を含む困難な作業の積み重ねだった。

  • 散逸した機体部品の探索・照合と、必要部品の適合加工。
  • エンジンや動力系のオーバーホール、あるいは同等性能の代替部品の調達。
  • 腐食部の切除と金属補修、複雑な双胴構造の強度評価と補強。
  • 古い計器・配線の現行規格への置換と、可能な限りオリジナル外観を保つための細部復元。

彼らの努力により、保存状態の悪かった機体が再び飛行可能、あるいは展示に耐える状態へとよみがえった。デリニウスキは「デスタリナイズ後のロシア難民で、その後ロッキード社の社員となった」とされる人物で、異なる出自と技術的背景を持つ二人の協働がレストア成功の鍵となった。

保存と遺産

F-82は米空軍の「最後の大量発注されたプロペラ戦闘機」の一つとして、航空史上で特別な位置を占める。復元された機体は航空博物館や保存団体によって展示・整備され、当時の設計思想や冷戦初期の空軍運用を伝える貴重な資料となっている。復元活動は単なる技術的挑戦に留まらず、技術継承や歴史教育の面でも重要な役割を果たしている。

まとめ

ノースアメリカンF-82ツインマスタングは、P-51を基にした独特の双胴設計と長距離性能で当時の要求に応えようとした機体であり、戦争末期から冷戦初期にかけて重要な役割を果たした。戦後の希少な機体の復元は、多くの時間と専門知識を要する作業だが、ハイドン・ダグラス・グリフィスとエリク・アレキサンダー・デリニウスキらのような技術者・愛好家の尽力によって、その歴史が後世に伝えられている。



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