ロン・エルヴィッジ (1923–2019) ― ニュージーランド代表ラグビー選手・医師
ロン・エルヴィッジは、1946~1950年に7試合でオールブラックスの主将を務めたニュージーランドのラグビー選手。のちに産科・婦人科医として活躍し、ティマル生まれ、オークランドで死去。
ロナルド・ラザフォード・エルヴィッジ(1923年3月2日 – 2019年3月30日)は、ニュージーランドのスポーツ選手であり医療従事者であった。彼は、第二次世界大戦直後の時期に代表ラグビー選手として活躍したこと、また後年に産科・婦人科の長い経歴を築いたことで知られる。彼の生涯は、ラグビーのアマチュア時代に典型的だった、国を代表するスポーツ活動と、スポーツ以外の専門職を両立する二つの公的役割を体現している。
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1 画像プレーしたポジションと特徴
エルヴィッジは主に第二五分の八(インサイドセンター)とセンターでプレーした。これらのポジションには、攻撃の起点となり、ボールをさばき、守備でも強く貢献する多才さが求められる。同時代の記録やチーム編成では、彼は当時の技巧あるバックス陣の一員として位置づけられており、ボールハンドリング、戦術眼、そしてミッドフィールドで必要とされる身体的な粘り強さが評価されていた。
オールブラックスでの経歴と成績
彼は1946年から1950年まで、ニュージーランド代表オールブラックスのメンバーだった。エルヴィッジはオールブラックスで19試合に出場し、そのうち9試合は国際試合だった。さらに、そのうち7試合で主将を務めており、チーム内で担っていたリーダーシップの大きさがうかがえる。彼の国際的なキャリアは、戦後まもなく国際試合が再開され、ラグビーがまだアマチュア競技であった時期に重なっている。
州代表でのプレーと背景
州レベルでは、エルヴィッジはニュージーランドで強いラグビーの伝統を持つ地域であるオタゴを代表した。州代表ラグビーは国内競技の基盤であり、オールブラックス選出への道でもあった。ダニーデンとオタゴでプレーしたことは、多くの国際選手を生んだ競争の激しい環境に身を置いていたことを示している。
医師としての経歴と晩年
ラグビー以外では、エルヴィッジは産科・婦人科医として研鑽を積み、勤務した。これは、出産と女性の生殖に関わる健康を扱う負担の大きい医療分野である。トップレベルのスポーツと医療職を両立していたことは、彼の時代のラグビーがアマチュア的性格を持っていたことをよく表している。選手たちは通常、競技活動と並行して職業を持っていた。2016年に元オールブラックスのウォーリー・アーガスが亡くなった後、エルヴィッジは自身の死まで存命する最年長のオールブラックスとなった。
死去と評価
ロン・エルヴィッジはティマルで生まれ、2019年3月30日にオークランドで96歳で死去した。彼の経歴は、戦後のニュージーランド・ラグビー復興の一部として、また、国家代表選手が競技での功績と充実した職業人生を両立していた時代の例として記憶されている。ニュージーランドのラグビー史や選手一覧については、ラグビーユニオン史やオールブラックスの主将記録に関する資料も参照できる。
- 生誕地: ティマル、1923年3月2日
- オールブラックス: 1946–1950年、19試合、9テストマッチ、主将として7試合
- 州代表: オタゴ
- 職業: 産科・婦人科医
- 死去: オークランド、2019年3月30日
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ロン・エルヴィッジ (1923–2019) ― ニュージーランド代表ラグビー選手・医師 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/83959
出典
- odt.co.nz : "ABs, Otago rugby great Ron Elvidge dies"