ロージー・ザ・リベッター(We Can Do It!)—第二次世界大戦の女性労働者とフェミニズムの象徴

ロージー・ザ・リベッター誕生の背景、実在モデルと第二次世界大戦の女性労働者、フェミニズム象徴としての影響と現代への遺産を詳述。

著者: Leandro Alegsa

ロージー・ザ・リベッターは、第二次世界大戦の工場や生産現場で働く女性たちを象徴するイメージで、特にプロパガンダポスター「We Can Do It!」の女性像として広く知られています。もともとは1943年にJ. Howard Millerが西屋電機(Westinghouse)向けに制作した社内掲示用のポスターで、赤いバンダナを巻き、腕を力強く曲げたポーズと「We Can Do It!」というキャッチフレーズが特徴です。当時は一時的に社内で掲示されたにすぎず、戦時中に広く「ロージー」として知られていたわけではありませんが、後年になって再評価され、女性の労働力や自己肯定の象徴として定着しました。

起源と実在のモデルについて

「ロージー・ザ・リベッター」という呼び名自体は、1942年に流行した同名の歌や当時の大衆文化の中で生まれたもので、単一の実在人物の呼称というよりは戦時中に働く多くの女性労働者の総称でした。ポスターや関連イメージの“モデル”については複数の候補が挙げられています。

  • 1943年のノーマン・ロックウェルの雑誌表紙に描かれた「ロージー」は、モデルとしてMary Doyle Keefeが起用されたことが知られています。
  • 一方、1942年に撮影された現場写真に写る女性(後にナオミ・パーカー=フレーリーとして特定された人物)が、ナオミ・パーカーという名前で紹介され、We Can Do It!の像に影響を与えた可能性が指摘されています。ナオミ・パーカー・フレーリーは写真の女性が自分であると長年にわたり主張し、2015年ごろにその身元が広く認められました。
  • そのほかにも、名前や人物の由来についてはいくつかの説があり、単一の「モデル」によるものではなく、歌、広告、新聞記事、写真など複数の媒体が重なって今日のイメージを形成したと考えられています。

フェミニズムと文化的意味

フェミニズムの文脈では、ロージー像は戦争によって従来男性の職域に進出した女性たちの自主性と能力を象徴するものとして受け止められてきました。1980年代以降、特に女性史や労働史の研究・活動と結びついて再評価され、シンボルとして広く用いられるようになりました。ポスターは単なる労働動員の宣伝を超え、性別役割や職場での平等、女性の権利を巡る議論のアイコンとなっています。

映画・メディアと記念活動

戦時中および戦後にかけて、ロージーを題材にした歌、短編映像、ニュース記事などが制作されました。例えば、1944年前後には「ロージー・ザ・リベッター」という名前を用いた映像作品やプロモーションが存在し、ポピュラー文化のなかで語り継がれてきました。

1997年には「ロージー・ザ・リベッター記念委員会」が発足し、第二次世界大戦期の女性労働者の歴史保存や記念活動を進めました。こうした市民活動や研究の成果もあって、2000年にはRosie the Riveter/World War II Home Front National Historical Park(ロージー・ザ・リベッター/第二次世界大戦ホームフロント国立歴史公園)が設立され、当時の労働現場や地域社会の記憶を伝える拠点が整備されました。

遺産と批判的視点

ロージーのイメージは多くの人に勇気を与える一方で、単一の成功物語として神話化される危険性もあります。実際には女性労働者の待遇、賃金格差、職場での差別や戦後の再び家庭へ戻される圧力など、複雑でしばしば困難な現実が存在しました。現在の研究や展示は、ロージーという象徴を入り口にして、個々の女性たちの経験や社会構造の問題を多角的に伝えることを目指しています。

要点:「We Can Do It!」の女性像は、戦時中の一時的な社内掲示ポスターとして生まれたが、後年に再評価されて女性の労働や権利を象徴するイコンとなった。実在のモデルや名前の由来には複数の説があり、ナオミ・パーカーら実在の女性の存在がそのイメージ形成に影響を与えたとされる。1997年の記念委員会発足やその後の公園設立などを通じて歴史保存と教育が進められている。

ロージー・ザ・リベッターZoom
ロージー・ザ・リベッター



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