大正時代とは|1912〜1926年の歴史・天皇・文化・大正デモクラシー解説
大正時代の政治・文化・天皇像をわかりやすく解説。1912–1926年の歴史背景と大正デモクラシーを総まとめ。
大正時代(たいしょうじだい、Taishō Jidai)は、明治以降、昭和以前の日本の年号である。1912年7月30日に始まり、1926年12月25日に終了した。この期間の在位者は大正天皇(本名:嘉仁、よしひと)である。大正天皇は幼少期の病気や慢性的な健康問題のため公務を完全には行えず、1921年からは皇太子・裕仁(のちの昭和天皇)が摂政を務めた。
年号の大正は漢字そのものが示す通り「大いに正しい」「大きな正義」を意味し、中国古典の語から採られたものである。時代としては政治の近代化が進む一方で社会の多様化・都市化が急速に進んだ時期であり、後の昭和時代に続く重要な基盤が形成された。
概況
大正時代は約15年と短いが、第一次世界大戦(1914〜1918年)による国際情勢の変化、国内では政党政治の台頭や社会運動の活発化、都市文化の隆盛など、多面的な変化が同時に進んだ時期である。資本主義の発展と共に労働運動や社会主義思想も広がり、また女性運動や大衆文化の成長も顕著であった。
政治と「大正デモクラシー」
- 政党政治の成長:政友会・憲政会(のちの立憲政友会・立憲民政党の前身)といった政党が力を持ち、内閣は次第に政党出身の首相により構成されるようになった。
- 有力首相:原敬(はら たかし)は1918年に初の「本格的な」政党出身内閣を組織し、庶民出身の首相として注目されたが、1921年に暗殺された。
- 普通選挙と治安対策:1925年に普通選挙法(25歳以上の成年男性に選挙権を拡大)と治安維持法(共産主義・社会主義の弾圧を強化)が成立し、民主化と反動的な統制が同時に進行した。
- 国際関係:第一次世界大戦では連合国側で参戦し、戦後はヴェルサイユ体制や国際連盟、ワシントン会議(1921〜22年)を通じて軍備制限や列強間の力学に影響を受けた。
主な出来事(年表)
- 1912年:大正元年(7月30日)・明治天皇崩御→大正天皇即位。
- 1914年:第一次世界大戦勃発。日本はドイツ領青島(チンタオ)などに対して軍事行動を展開。
- 1915年:二十一か条の要求(対中国)—中国との関係に緊張をもたらす。
- 1918年:米騒動(米価高騰への民衆反発)が全国に広がり、内閣の交代を促す。
- 1919年:ヴェルサイユ条約締結。日本は山東や賠償問題などで国際舞台に関与。
- 1921年:原敬首相暗殺。皇太子裕仁が摂政に就任。
- 1923年:関東大震災(9月1日)—東京・横浜を中心に甚大な被害。復興と社会変動を招く。
- 1925年:普通選挙法(男子普通選挙)成立。治安維持法が制定され、政治的抑圧も強化。
- 1926年:大正天皇崩御(12月25日)・大正時代終了、昭和時代へ移行。
経済と社会
- 戦争景気と不況:第一次大戦中の特需で経済が成長したが、戦後は不況やデフレ、米価高騰による社会不安を招き、1918年の米騒動につながった。
- 産業の発展:重化学工業や造船、紡績などの基盤が強化され、都市部の工業化・労働者階級の拡大が進んだ。大正期には労働組合や社会主義運動が活発になった。
- 都市化と生活様式:都市でのカフェ、ダンスホール、映画館の普及、モダンガール(モガ)・モダンボーイ(モボ)と呼ばれる新しい都市文化が出現した。
文化・思想・芸術
- 文学:自然主義の後を受けて、新感覚派やプロレタリア文学など多様化が進む。芥川龍之介、谷崎潤一郎らが活躍した。
- 女性運動:平塚らいてう(平塚雷鳥)が『青鞜(せいとう)』を主宰するなど、女性の自立や表現活動が活発化した。
- 美術・版画:新しい木版画運動(新版画)や創作版画が注目され、洋画や洋装美術の影響も強まった。
- 大衆文化:新聞・雑誌の普及、演劇・映画の発展、ジャズなど外国音楽の影響が広がり、娯楽産業が成長した。
外交・軍事
- 列強との関係:日本は列強の一員として大戦後の国際会議に参加し、太平洋・中国における利権を拡大する一方で、列強間の調整(ワシントン会議)による軍備制限も受けた。
- シベリア出兵:ロシア内戦期におけるシベリア派遣(1918〜1922年)など、海外派兵や介入が行われた。
天皇と皇室の状況
大正天皇(嘉仁)は健康上の制約が多く、統治はしばしば摂政・内閣・議会の動きに依存した。皇太子裕仁(のちの昭和天皇)が1921年に摂政に就いたことは、皇室と国家運営における世代交代の前兆ともなった。
評価と影響
大正時代は「大正デモクラシー」と呼ばれるように、政治参加や市民的自由の拡大が試みられた一方で、経済的・社会的な矛盾や反動的な法律の成立も見られた。都市文化の多様化や思想の自由化は昭和初期の各種運動や思想対立の土台を作り、近代日本の政治・社会・文化を形成する重要な時代であった。
参考となるテーマ(学びのヒント)
- 「大正デモクラシー」とは何を指すのか、具体的な制度改革や社会運動を挙げて整理する。
- 関東大震災が都市計画や社会構造に与えた影響を、復興政策と社会的空白の両面から考える。
- 第一次世界大戦が日本の経済・外交に与えた短期的・長期的な影響を比較検討する。
大正時代の出来事
大正が日本の君主であった時代が、この時代である。
- 1920年(大正9年)。第1回国勢調査、人口7,700万人
- 1921年(大正10年)。裕仁親王が摂政となる。
- 1923年(大正12年)。関東大震災。
- 1925年(大正14年)。天皇、国民皆投票の原則を容認
政治
- 1912年(大正元年)。明治天皇が崩御し、西園寺公望が内閣総理大臣となる。
- 1912年(大正元年)。桂太郎、第15代内閣総理大臣に就任
- 1913年(大正2年)。山本権兵衛、第16代内閣総理大臣に就任
- 1914年(大正3年)。大隈重信、第17代内閣総理大臣に就任
- 1916年(大正5年)。寺内正毅、第18代内閣総理大臣に就任
- 1918年(大正7年):原敬、第19代内閣総理大臣に就任
- 1921年(大正10年)。高橋是清、第20代内閣総理大臣に就任
- 1922年(大正11年)。加藤友三郎、第21代内閣総理大臣に就任
- 1923年(大正12年)。山本太郎、第22代内閣総理大臣に就任
- 1924年(大正13年)。清浦奎吾、第23代内閣総理大臣に就任
- 1924年(大正13年)。加藤高明、第24代内閣総理大臣に就任
- 1926年(大正15年):若槻礼二郎、第25代内閣総理大臣に就任
ギャラリー
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1923年の地震後の東京・銀座
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