トロンボライトとは:定義・形成過程・シアノバクテリアとの関係
トロンボライトは、古代の光合成を行う微生物群集が作り出した堆積構造の一種で、見た目や形成様式がストロマトライトと似ている点もありますが、重要な点で異なります。ストロマトライトが明瞭な層(ラミナ)を積み重ねてできるのに対し、トロンボライトは層状構造を欠き、内部が「凝集した塊(clot)」のような組織を示すのが特徴です。
定義と特徴
トロンボライトは、微生物マットと堆積物の相互作用により形成される「凝集付加構造(clotted accretionary structure)」です。肉眼あるいは薄片観察で見ると、連続したラミナではなく、数ミリ〜数センチ程度の不定形な塊状(クラット、fenestraeを伴うこともある)のテクスチャーを示します。主に炭酸カルシウムなどの鉱物沈殿を伴い、堆積粒子が微生物の働きで捕捉・保持・固定された結果として保存されます。
形成過程(プロセス)
トロンボライトの形成にはいくつかの要素が関与します。代表的な過程を簡潔に示します:
- 浅海や汽水域など光が届く水域に微生物マット(シアノバクテリアや他の微生物群)が発達する。
- 微生物が有する粘性の高い外被物質(EPS: extracellular polymeric substances)が堆積粒子を捕捉・固定する。
- 局所的な化学環境(pHやイオン濃度の変化)により炭酸塩の沈殿が進み、堆積物と微生物マットが一体化する。
- これらの作用が不均一に進行することで、連続した層ではなく、塊状の凝集体(クラット)をもつ構造が発達する。
重要なのは、微生物活動(特にEPSの生成や光合成による化学環境の変化)が物理的な堆積プロセス(運搬・堆積粒子の供給)と結び付いている点です。
ストロマトライトとの違い
両者はどちらも微生物作用による堆積体ですが、区別のポイントは以下の通りです:
- 組織:ストロマトライトは明瞭なラミナ(層)を持つのに対し、トロンボライトはラミナを欠き、いわゆる「クラット状・目詰まり状」テクスチャーを示す。
- 形成条件:ストロマトライトは比較的規則的な堆積と微生物の増殖サイクルが重なった場合に層化が進むのに対し、トロンボライトは堆積物供給や微生物活動が不均一な条件で生じやすい。
- 薄片観察:薄片や顕微鏡観察では、ストロマトライトは連続層が確認され、トロンボライトは不連続な塊状構造や空隙(fenestrae)が見られる。
シアノバクテリアとの関係
トロンボライトの形成にはしばしばシアノバクテリアが深く関与しています。シアノバクテリアは光合成により局所的な炭酸イオン環境を変化させ、炭酸カルシウムの沈殿を促進します。また、粘性の高いEPSを分泌して堆積粒子を効率よく捕捉・固定するため、微生物マットが堆積構造を保持する基盤になります。ただし、トロンボライトの微構造はシアノバクテリアのみならず、他の微生物群集(細菌群、原核生物など)や非生物的な沈降過程との相互作用で決まることが多く、単一種の寄与で説明できない複雑さがあります。
地質学的分布と現代の出現
トロンボライトは古生代に多く記録されており、特に古生代前期(カンブリア紀からオルドビス紀初期)に顕著だったとする記述が多く存在します。現代では多くの環境で人為的影響や侵食によってその記録は限られますが、塩性湖や汽水域、浅海の特殊な化学環境など、厳しい条件下では現代トロンボライトが形成・保存されることがあります(例えば西オーストラリアのような地域で報告例があります)。
観察・研究方法と意義
トロンボライト研究では以下の手法が用いられます:
- 薄片観察・光学顕微鏡:ラミナの有無やクラット構造の解析。
- 走査型電子顕微鏡(SEM):微細構造や微生物遺骸の観察。
- 同位体解析(例:炭素同位体δ13C):有機物起源や炭酸塩沈殿の環境情報の取得。
- バイオマーカー(分子化石)解析:古代微生物群集の痕跡の検出。
これらにより、古環境の復元や初期生命活動の記録としての価値が高く、地球の初期大気・海水条件や生命進化の手がかりを与えてくれます。また、火星など他惑星のバイオサイン探索においても、微生物由来堆積構造の識別は重要な示唆を与えます。
まとめ
トロンボライトは、微生物マットによる堆積粒子の捕捉・凝集と鉱物沈殿が組み合わさってできる「クラット状」の堆積構造です。ストロマトライトと似る点はあるものの、ラミナの有無や微構造が異なり、形成プロセスや環境条件も一部異なります。古代の堆積記録として重要であり、微生物活動や古環境を理解するための貴重な資料となります。