トランスクリプトーム(RNA全体)とは:定義・解析法・エクソームとの違い
トランスクリプトームとは何か、解析法やmRNA・エクソームとの違いを図解で解説。RNA全体の定量と機能理解に役立つ入門ガイド
トランスクリプトーム(transcriptome)とは、1つの細胞または細胞の集団に含まれるすべてのRNA分子の集合を指します。ポイントは、RNAが転写というプロセスを通じてDNAから作られることにあります。日常的には「トランスクリプトーム」という語が、実験や文脈によって「細胞中のすべてのRNA」を意味する場合と、「ポリアデニル化されたmRNAだけ」を指す場合の両方で使われます。
トランスクリプトームに含まれる主要なRNAの種類
- mRNA(メッセンジャーRNA):タンパク質をコードするRNA。遺伝子発現解析では最も注目されます。
- rRNA(リボソームRNA):リボソームの構成要素。量が非常に多いため、解析時には除去されることが多いです。
- tRNA(トランスファーRNA):アミノ酸をリボソームに運ぶ小さなRNA。
- ノンコーディングRNA(ncRNA):miRNA、siRNA、piRNA、lncRNA、snoRNAなど、翻訳されずに調節や修飾、構造的役割を担うRNA群。
トランスクリプトーム解析でわかること
- 遺伝子ごとの発現量(どの遺伝子がどれだけ発現しているか)
- 選択的スプライシングやアイソフォームの存在(同じ遺伝子から作られる異なる転写産物)
- 遺伝子発現の時空間的変化(発生過程や刺激応答での変化)
- アレル比発現、RNA編集、融合遺伝子の検出(がん研究などで重要)
主な解析手法
代表的な方法は以下の通りです。
- RNAシーケンシング(RNA-Seq):次世代シーケンサーを用いた高感度・高解像度の方法で、定量と新規転写産物の発見が同時に可能です。ライブラリ調製(ポリA選択またはrRNA除去)、配列決定、リードのマッピング、カウント、正規化、差次的発現解析という流れになります。解析ツールには HISAT2、STAR(マッピング)、Salmon、Kallisto(準定量)、RSEM、差次的発現解析には DESeq2、edgeR、limma-voom などがあります。
- マイクロアレイ:既知の配列に対応するプローブで大量の遺伝子を同時に測定する手法。RNA-Seqに比べると新規転写産物の検出はできませんが、コストや解析の簡便さから依然利用例があります。
- リアルタイムPCR(qRT-PCR):特定の遺伝子の発現量を高精度で定量する方法。RNA-Seqなどで得られた結果の検証に使われます。
- シングルセルRNA-Seq(scRNA-Seq):個々の細胞ごとのトランスクリプトームを測定し、細胞集団のヘテロゲネイティや希少細胞サブセットを解析できます。
実験上の主な注意点
- RNA品質:RIN(RNA Integrity Number)などで評価し、分解が進んだサンプルは解析結果に影響します。
- ライブラリ作製の方法選択:mRNAを選択するポリ(A)選択か、rRNAを除去する方法かで得られるRNA種が変わります。非ポリAのlncRNAや一部の非翻訳RNAを解析したい場合はrRNA除去が有利です。
- シーケンス深度:発現量の検出感度や低発現遺伝子の解像度に影響します。目的に応じて適切なリード数を設計します(例:標準的なトランスクリプトーム解析は数千万リード/サンプルなど)。
- 実験デザイン:生物学的・技術的複製、バッチ効果の管理(ラン、ライブラリ調製日の分散など)が重要です。
- 正規化と単位:TPM、FPKM/RPKM、あるいはRAWカウントを用いる解析法(DESeq2はRaw countsを推奨)など、用途に応じた正規化を選びます。
エクソームとの違い
トランスクリプトームとエクソーム(exome)はしばしば混同されますが、目的と得られる情報が異なります。
- 対象分子の違い:トランスクリプトームは細胞内のRNA(発現している遺伝子とその量)を対象とします。一方、エクソームはゲノムDNAのうちエクソン(タンパク質をコードする領域)だけを捕捉してシーケンスする手法です。
- 得られる情報の違い:エクソーム解析は遺伝子の塩基配列変異(SNP、インデルなど)やコピー数変化を検出しますが、遺伝子が実際にどれだけ発現しているかは示しません。トランスクリプトーム解析は発現量、スプライシング、融合遺伝子やRNA編集の検出が可能で、機能的な発現状態を直接反映します。
- 時間・状態の反映:トランスクリプトームは細胞の状態や刺激に応じて動的に変化するため、同じ個体でも条件によって結果が大きく変わります。エクソーム(ゲノム)は通常、細胞状態に関わらず比較的安定です。
主な応用例
- 疾患(がん、遺伝性疾患、神経疾患など)のバイオマーカー発見
- 薬剤応答や治療効果のモニタリング
- 発生生物学や再生医学における発現動態の解明
- 細胞タイプ同定や系統解析(特にscRNA-Seq)
用語ミニ辞典
- TPM:Transcripts Per Million。サンプル間で遺伝子発現比を比較しやすい単位。
- RPKM/FPKM:リードの長さとライブラリサイズで補正した発現量指標(TPMに比べて比較時の解釈に注意が必要)。
- 差次的発現解析:条件間で発現量が統計的に有意に変化している遺伝子を同定する解析。
まとめると、トランスクリプトームは「細胞が今どの遺伝子をどれだけ使っているか」を示す包括的な指標であり、解析手法や実験デザインを適切に選ぶことで、疾患の理解や新しい生物学的知見の発見に大きく貢献します。なお、用途によってはエクソーム解析やゲノム解析と組み合わせることで、配列変異と発現変化の両面からより深い理解が得られます。
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