トリレンマとは:定義・起源と哲学的議論 — エピクロス/ヒュームの悪の問題
トリレンマの定義・起源からエピクロスやヒュームが論じた「悪の問題」まで、哲学的議論をわかりやすく解説。
トリレンマ(trilemma)とは、三つの命題のうち少なくとも一つを受け入れると他が不都合になり、いずれを選んでも問題が残るような難しい選択・論理構造を指します。日常的には「三者択一のジレンマ」を意味しますが、哲学や神学では特に「神の存在と悪」の問題をめぐる議論で重要な役割を果たしてきました。
起源と歴史的背景
この種の問題提起が最も古くから知られている例は、古代ギリシャの思想家に帰せられるものです。伝統的にはエピクロスの言葉とされてきましたが、近年は初期の懐疑論者、おそらくカルネアデスの著作に由来する可能性も指摘されています。後世の哲学者たちはこの問いを繰り返し取り上げ、形を変えながら議論してきました。
デイヴィッド・ヒュームはこの問題を分かりやすく要約して広めたことで知られ、一般に引用される形は次のような三つの命題の対立(いわゆるトリレンマ)です。
- もし神が悪を防ぐ意志はあるが能力がないなら、神は全能(全能でない)ということになり得ない。
- もし神が悪を防ぐ能力はあるが意志がないなら、神は善良(良善)ではないということになる。
- もし神が悪を防ぐ意志と能力の双方を持っているなら、なぜ悪が存在するのかという説明がつかない。
哲学的論点:悪の問題(The Problem of Evil)との関係
このトリレンマは、神学・哲学における「悪の問題」の核心をなす問いです。ここで区別しておくべき代表的な議論は次の二つです。
- 論理的悪の問題:全能かつ全善な神と、世界に悪が存在するという事実は論理的に両立しない、という主張。これは「不整合三位一体(inconsistent triad)」の主張でもあります。
- 論拠的(証拠的)悪の問題:世界に観察される具体的な悪や苦しみの量・性質は、全能全善神の存在に対する強い証拠(高い確率不在)を与える、という主張。こちらは論理的矛盾を主張するよりも、神の存在が不確かだと示そうとする議論です。
代表的な応答(神義論と擁護)
このトリレンマに対して哲学者・神学者が提示してきた主な解答(あるいは防御・釈明)には以下のようなものがあります。
- 自由意志防御(free will defense):人間の自由意志の存在(道徳的善・悪の可能性)を重視し、神が人間に真の自由を与えた結果として悪が生じることを説明する。アルグメントの洗練版は現代の哲学者アルヴィン・プランティンガーなどが展開しました。
- 魂づくり(soul-making)論:苦難や試練は人格形成・道徳的成熟のために必要であり、長期的に見て善をもたらすという立場(イレナエウス派に由来する考え方)。
- より大きな善のための悪(greater-good)説明:ある種の悪はより偉大な善を実現するための手段であり、局所的な悪が全体的な善に寄与することがあるとする立場。
- 自然的悪の説明:自然災害や病気といった「自然的悪」は、物理法則や自然秩序の副産物であり、それ自体が神の不在を直接示すとは限らないとする説明。
- 懐疑的神義論(skeptical theism):人間の知識には限界があり、神が悪を許すに至る理由は我々には到底理解できない可能性がある、という知的謙抑を主張する立場。
- 神の性質の再定義(過程神学・オープン神学など):従来の「全知全能かつ全善」という古典的神概念を見直し、神の力や知識のあり方を再解釈することで矛盾を回避しようとする試み。
現代哲学での位置づけ
20世紀以降、特に分析哲学の分野では「論理的悪の問題」は多くの議論を呼び、プランティンガーらによって古典的な論理的反例は弱められたとされる一方で、観察される悪の具体的な状況を巡る「証拠的」議論は今日でも活発に論争されています。結論としては、トリレンマは単に古典的な反神論の表現であるだけでなく、神の属性(全能・全善・全知)や人間の自由・知識の限界について深く検討させる出発点になっている、ということが言えます。
哲学や神学の学習においては、この問題を通して論理的一貫性、説明責任(説明可能性)、経験的証拠の扱い方といった基本的な考え方を鍛えることができます。詳しくは哲学の文献や、「悪の問題」に関する専門書・入門書を参照してください。
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質問と回答
Q:トリレンマとは何ですか?
A: トリレンマとは、3つの異なる選択肢があり、それぞれが不利に見える状況のことです。
Q:トリレンマの概念を最初に使ったのは誰ですか?
A: ギリシャの哲学者エピクロスがトリレンマの概念を最初に使ったとされています。
Q: デイヴィッド・ヒュームが要約したトリレンマとは何ですか?
A: デイヴィッド・ヒュームによれば、トリレンマとは以下のようなものです: もし神が悪を防ぐことができないなら、神は万能ではない。もし神が悪を防ごうとしないなら、神は万能ではありません。もし神が悪を防ぐ意思も能力もあるのなら、なぜ悪は存在するのですか?
Q: 哲学における「悪の問題」とは何ですか?
A: 哲学における「悪の問題」とは、トリレンマ、特に悪の存在と神の性質に関する議論や論争を指します。
Q: エピクロス以外に、トリレンマの作者とされる人物はいますか?
A: このトリレンマは、初期の懐疑主義者、おそらくカルネアデスの著作ではないかと言われています。
Q: トリレンマに基づく、万能で善良な神の存在に対する反論とは?
A: 万能で善良な神の存在に反対する議論は、トリレンマが示す論理的矛盾に基づいています。もし神が悪を防ぐ意思と能力を両方持っているなら、悪は存在しないはずです。
Q: 哲学におけるトリレンマの意義は何ですか?
A: トリレンマは、哲学者、神学者、その他神の本質や悪の存在に関心を持つ人々によって議論され続ける、挑戦的な問題を提示しているので、哲学において重要です。
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